
この研究で開発した円偏向近接場光学顕微鏡(提供・筑波大学)
筑波大学の野村晋太郎准教授らの研究グループは3月9日、円偏光を使った近接場光学顕微鏡を開発し、ナノ領域にスピンのそろった電子を注入することに初めて成功したと発表した。産業技術総合研究所とNTT物性科学基礎研究所との共同研究による。消費電力を極限まで減らせる新しい電子材料の開発や、これまでの光学顕微鏡では見られなかったバクテリア、ウイルスなどの生体分子のそのまま観察にも大きく貢献しそうだ。
■究極の省エネ電子素子開発や生体分子の観察も
通常の光学顕微鏡で見られる大きさ(分解能)は、光の回折によって原理的な限界があり、光の波長以下のものを見るのは不可能だった。この呪縛を解決したのが近接場光学顕微鏡だ。
髪の毛より細い光ファイバーの中を光の波はどこまでも自由に伝わるが、ファイバーの先端を光の波長より細くすると光は進行できずに穴の周りに局所的に染み出す。また波長より小さな微小球の回りでも同じことが起きる。これが近接場光である。
この近接場光を物体に当てて散乱するようすを横から観察するのが近接場光学顕微鏡の仕組み。これによって光の波長限界を超えた数十nm(ナノメートル、1nmは10億分の1m)から100nmの領域の観察が可能になった。つまり最小のバクテリアのマイコプラズマやDNA(デオキシリボ核酸)などの生命現象、高分子や半導体の表面観察など、科学、工学で新発見が相次ぐナノ領域の現象や状態が手に取るように分かるようになった。
今回の研究成果は、この原理の応用によってスピントロニクスと呼ばれる新たな物理、工学の研究につなげることができた点にある。特に光ファイバーを曲げると、円偏光の光スピンが不規則な向きに乱され、観測や応用に不都合をきたしていた。これを独自に開発した収束イオンビームを使って外部から補正してやることで、光スピンの向きの定まった円偏光を安定的に打ち出すことに成功した。また、電子が一方向にのみ流れる状態の可視化にも成功した。
光スピンをナノ領域に注入できることは、電気器具などに使われている電子のエレクトロニクスに代わって、新たな時代の物理・工学としてスピンを使った「スピントロニクス」の進展に貢献するものと期待されている。