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農作物を食べた野生のシカは早く成熟する―骨に含まれる骨コラーゲンの解析で明らかに:農業・食品産業技術総合研究機構ほか

(2021年5月6日発表)

 (国)農業・食品産業技術総合研究機構、(国)森林総合研究所、中央大学は5月6日、共同で農作物を食べた野生のシカは早く成熟することがシカの骨に含まれている骨コラーゲンの解析から分かったと発表した。山野に棲む野生ニホンジカによる農業被害が多発しその対策が求められているが、各地に生息するシカの数の変動を予測する手法開発への応用が期待される。この成果は米国生態学会発行の科学誌「Ecosphere」に4月23日に紹介された。

 野生の鳥獣による農作物の被害額は年間約158億円(2019年度)。その約34%はシカによる被害とされ、農作物はシカにとって極めて魅力的な食物となっているが、農作物を食べることが具体的にシカの成長や繁殖にどのように影響しているのかは不明だった。

 窒素には2つの安定的な同位体(安定同位体)がある。今回、農研機構をはじめとする研究グループは、野生のシカの骨に含まれる骨コラーゲンの窒素安定同位体比「δ(デルタ)15N値」と呼ばれる比率に着目してその影響を調べた。

 研究は、シカによる農作物の被害が多く確認されている長野県と群馬県で捕獲されたメスの野生シカ152頭の標本と付随するデータを解析することで、農作物への依存がシカの体の成長や妊娠率にもたらす影響を科学的に検証するという方法で行った。

 検証はシカのような10年以上の寿命を持つ動物の場合、栄養の蓄積が身体にもたらす影響は齢によって異なる可能性があるということを考慮に入れ、0歳、1~4歳、5歳以上の3つのグループに分けて実施した。

 その結果、シカの骨に含まれる骨コラーゲンの窒素安定同位体値が、シカの農作物依存度の指標として有用であることが判明、0歳と1~4歳のシカでは、骨コラーゲンの窒素安定同位体値が高いシカほど体が大きくなり、1~4歳では体が大きいほど妊娠率が高くなることが分かった。

 一方、5歳以上のシカでは骨コラーゲンの窒素安定同位体比と体の大きさの間には関係が見られず、妊娠率への影響も確認されなかった。このことから「農作物の採食がシカの身体にもたらす影響は4歳以下の若い個体の方が大きい」ことが判明したと研究グループは指摘している。