(独)産業技術総合研究所は5月8日、次世代の電子デバイスの担い手として期待されている電子スピンの情報を、半導体材料のp型ゲルマニウム中に室温下で入力することに世界で初めて成功したと発表した。スピントランジスタと呼ばれる次世代の省電力型トランジスタの開発に道を開く成果という。 エレクトロニクス(電子工学)の主役である電子には、電荷という電気的な側面と、スピンという磁気的な側面の2通りがある。現行のエレクトロニクス素子は、このうちの電気的な側面のみを利用している。これに対して近年、電荷とスピンの両方を利用する新たな工学、「スピントロニクス」の研究が盛んになっている。今回の研究はその一つ。 p型ゲルマニウムの電子・正孔の移動速度(キャリア移動度)は、シリコンを4倍以上上回り、高速動作できる次世代の半導体材料として期待されている。加えて、電子スピン情報は電気を切っても情報が失われないことから、電源を切ると情報が失われる揮発性メモリーを主記憶装置としている現行コンピューターとは違って、電子スピン情報をp型ゲルマニウム中に入力して演算に利用することにより電力消費の極めて少ないコンピューターを開発できる。 そこで研究チームは、p型ゲルマニウム中に磁性体の鉄からスピン情報を入力する実験を試みた。スピン情報源の鉄と酸化マグネシウムを積層した電極をp型ゲルマニウム基板上に載せた構造の素子を作製、室温下で、上下方向に電流を流した。その結果、スピン情報が鉄からゲルマニウム中に入力されるとともに、電子や正孔がスピン情報を保ったまま伝搬できる距離がトランジスタに求められる長さよりも十分長いことを確認できたという。 従来、スピン情報の入力は、マイナス180℃以下の極低温に限られ、エネルギー消費の少ない室温での入力は困難と考えられていたが、産総研の持つ特殊な電極作製技術などの適用により今回の成果が得られたという。今後、電子スピン入力の高効率化などに取り組み、超省電力のスピントランジスタの実現を目指したいとしている。
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スピン入力を観測するための素子の模式図。鉄からゲルマニウムへ電流を流すことで、ゲルマニウムに鉄のスピン情報が入力される(提供:産業技術総合研究所) |
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