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生物多様性脅かす「トキソプラズマ感染症」―世界自然遺産、徳之島の現況を調査:東京大学/森林総合研究所ほか

( 2022年9月2日発表)

 東京大学、(国)森林研究・整備機構 森林総合研究所、岐阜大学の共同研究グループは9月2日、世界自然遺産に指定され多くの絶滅危惧種が生息する奄美群島(鹿児島県)の中の一つ徳之島の生物多様性を脅かしている「トキソプラズマ感染症」の現況を調べたと発表した。

 トキソプラズマ感染症は、トキソプラズマと呼ばれる長さが僅(わず)か数㎛(マイクロメートル、1㎛は100万分の1m)というごく微小な原虫(げんちゅう:単細胞の微生物)によって生じる感染症のこと。この原虫は、ネコ科の動物が持っていて(宿主)、ほぼ全ての哺乳類や鳥類に感染するとされ、妊娠中の女性が感染すると流産などに繋がる恐れがある。ただ、健常者は、感染しても免疫系の働きによりほとんど無症状に近くて済み、国立感染症研究所の資料によると全人類の3分の1以上が感染していているという。

 ところが、生物多様性を脅かす重要な要因の一つになっており、特に島嶼部(とうしょぶ:大小のしまじま)では野生化した野外のイエネコ(ネコ)による希少種捕食の問題が深刻化していることから研究グループは徳之島に焦点を当てた。

 奄美群島は、鹿児島と沖縄のほぼ中間に位置し、有人の島が8島ある。研究は、その内の世界自然遺産に指定されているアマミノクロウサギなどの希少種が数多く生息する徳之島でトキソプラズマの宿主であるイエネコの抗体保有状況を広範なサンプルから推定することを行った。

 徳之島には、肉牛を生産するため多数の牛舎があり、その半数に近い牛舎では野外にいるイエネコに餌を与えることが行われている。この住民による餌付けは、毒蛇のハブの餌のクマネズミをイエネコに駆逐させハブを“兵糧攻め”にして牛舎への侵入を防ごうと頻繁に実施されており、野外のイエネコのトキソプラズマの抗体保有率は47%に達していることが分かった。

 だが、その餌付けは、人へのトキソプラズマ感染のリスクを高め、飼育している牛への感染リスクも高める可能性があると研究グループは見ている。

 今後さらにトキソプラズマ感染症が家畜や、世界自然遺産に指定されているアマミノクロウサギなどの野生動物にどの程度まん延しているのか調査することが必要だが、「絶滅危惧種の保全と人や家畜の健康維持を両立できる」と研究グループは話している。