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老いた脳の修復力を回復させるメカニズムを発見―APJ受容体を活性化すると神経回路の修復促進:国立精神・神経医療研究センター/大阪大学/筑波大学

(2021年3月12日発表)

 国立精神・神経医療研究センターと大阪大学、筑波大学の研究グループは3月12日、老いた脳の修復力を回復させるメカニズムを発見したと発表した。APJ受容体と呼ばれるたんぱく質分子を活性化すると、神経回路の修復が促進され、高齢者の脳機能の向上や多発性硬化症の治療などが期待されるという。

 脳や脊髄の神経回路は様々な疾患で痛んでも、しばしば自然に修復するが、加齢に伴って神経回路は修復しにくくなる。その原因の一つに,神経回路そのものの修復能力の劣化が指摘されてきた。しかし、その分子メカニズムは十分解明されていなかった。

 研究グループは今回、生理活性ペプチドのアぺリンとAPJ受容体の働きによって、脳や脊髄の神経回路を構成する髄鞘(ずいしょう)という構造が修復することを発見した。

 髄鞘は神経機能の発揮に重要な役割を果たしている構造物で、髄鞘の脱落は、指定難病である多発性硬化症などの病変に認められ、健全な高齢者の脳でも観察される。

 髄鞘の修復には、オリゴデンドロサイト前駆細胞と呼ばれる細胞を分化させる必要があるが、加齢に伴い自然に分化することは難しくなる。オリゴデンドロサイトの分化能力の低下にはオリゴデンドロサイト内の分子発現の変化が関わるとされ、そのキーとなる分子の解明が求められていた。

 マウスを用いた実験で、髄鞘が修復しやすい条件のオリゴデンドロサイトに豊富に発現する分子として、APJ受容体を見出した。APJ受容体を欠損したマウスでは髄鞘形成や運動機能の不良が顕著だった。

 老齢マウスを用いた実験では、体内のアぺリン量が低下していること、APJ受容体を活性化させると傷ついた髄鞘の修復が促進されること、が分かった。

 また、培養細胞を用いた実験から、APJ受容体の活性化がヒトのオリゴデンドロサイトの分化を促すことを見出した。

 今後アぺリンとAPJ受容体がどのような脳機能の改善作用を持つか研究すれば、髄鞘の傷害がみられる疾患に対する治療薬の開発が期待されるとしている。