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「脱炭素シナリオ」の気候政策が、途上国の飢餓(きが)リスクを増大と分析―大規模植林が農地縮小と食糧価格を高騰させ、1億1千万人がさらに飢餓リスクに:京都大学/国際農林水産業研究センター/立命館大学/国立環境研究所

(2022年2月25日発表)

 京都大学大学院、(国)国際農林水産業研究センター、立命館大学、(国)国立環境研究所の国際共同研究チームは2月25日、大規模植林などの温室効果ガス対策によって既存の農地の縮小や食料価格の高騰が誘発され、途上国を中心に飢餓リスクが従来の想定を更に1億1,000万人も上回る悪影響が予想されるとの分析結果を発表した。

 日本をはじめ世界各国は、2050年に向けてカーボンニュートラル(炭素中立)政策に取り組んでいる。二酸化炭素やメタン、亜酸化窒素などの温室効果ガスの排出を完全にゼロにするのは難しいため、排出量と同じ量を大規模植林などによる「吸収量」で、差し引きゼロを目指そうとする対策をいう。

 こうした気候変動対策による技術革新や市場動向の変化は、現存の枠組みを大きく変化させることから様々な移行リスクが生じると予想されている。

 例えば、再生可能エネルギーの大量導入によって電力価格が上昇したり、電気自動車開発には膨大な研究費がかかるなど、移行リスクはすでに顕在化し始めている。農業、土地利用分野では、これから食糧価格の高騰や食糧安全保障に悪影響が出ると指摘されてきた。

 その主な要因には、①強力な温室効果ガス(メタン、亜酸化窒素)の削減費用の増加、②バイオエネルギー作物を生産拡大することによる土地争いの激化、③森林が蓄積する炭素の価値上昇で大規模植林の需要が増え、農地の縮小や食糧価格の高騰が予想されていた。これら3つの要因のうち、どれがどの程度将来の農産物価格を押し上げ、食糧安全保障に影響を与えるのかの答えは出ていなかった。

 そこで、国際的に活躍している日本と欧米の6つの研究機関と大学が国際研究チームを組み、複数の世界農業経済モデルを使って、食糧安全保障と農業市場に及ぼす影響を推計、分析した。

 その結果、将来の人口増加と経済水準の向上など社会経済条件のみを考え、温室効果ガス削減対策を取らないベースラインでは、飢餓リスクに直面する人口は約4億1,000万人と推計された。

 これに対し3つの温室効果ガス対策を実施した場合には、国際食料価格は約27%増加し、途上国の貧困層が購入できる食料は減少し、1億1,000万人が追加的に飢餓リスクの影響を受けると推計された。

 追加的な飢餓リスクの発生要因は、大規模植林が約50%、メタン・亜酸化窒素削減費用の増加が33%、バイオエネルギー作物の拡大が14%だった。

 国際食料価格の上昇要因は、大規模植林が全体の6割を占め、アフリカで影響が大きくなる。次いでメタンと亜酸化窒素の削減費用増加が3割を占め、稲作の多いアジアで影響が大きく出ると推計された。

 ただしいずれの排出削減対策も、世界一律の炭素価格(炭素税)を仮定して計算した。今後、これらの措置がどこまで実施されるか、モデル上の仮定がどこまで現実的であるかの精査が必要だとしている。