(独)産業技術総合研究所は10月8日、米国のソーク研究所と共同で、成体(成人)の脳で「神経新生」が起きる仕組みを解明し、その過程で中心となる遺伝子とその活性化の機構を明らかにしたと発表した。
「神経新生」とは、新しく神経が産まれること。新しい神経細胞は、脳内の海馬という部分にある神経幹細胞の分裂によって産み出される。長い間成人では脳内の神経細胞は再生しないと考えられていたが、近年その定説を覆す研究報告があり、成体における神経新生を制御するメカニズムの研究が世界中で行われている。
同研究所では、今回マウスなどを用いた実験を行い、成体の神経新生の制御メカニズムを調べた。成体の神経幹細胞は、自分自身を複製する能力と、神経細胞、アストロサイト細胞、オリゴデントロサイト細胞の3種類の細胞に分化できる多能性を持っている。
神経幹細胞から神経細胞への分化は、アストロサイト細胞で作られる「Wintシグナル系」(発生や細胞の制御に関連するタンパク質のネットワーク)のWint3aと呼ばれるタンパク質の作用によって促進されることは分かっていたが、それから先のメカニズムは不明であった。
研究の結果、マウスやラット、ヒトには「NeuroD」という遺伝子が共通に存在し、この遺伝子から作られるNeuroD1というタンパク質が、神経幹細胞から神経細胞への分化を誘導する中心的な機能を持っていることが分かった。
さらに、Wint3aからの活性化は、タンパク質の遺伝情報を担う翻訳領域(DNA配列の中でアミノ酸配列が記されている領域)だけでなく、ゲノム(細胞に含まれる遺伝子全体)の大半を占める非翻訳領域(DNAのタンパク質に翻訳されない領域)にも伝わり、「レトロトランスポゾン」という遺伝子を活性化するなど、重要な働きをすることも分かった。レトロトランスポゾンは、成体の神経新生の段階で発現することが最近判明したが、これまで活性化させる仕組みは全く分かっていなかった。
今回の研究で、成体の神経新生は個々の状態や環境によっても左右される現象であることが明らかになった。この研究から、個人の状態にリンクしたシグナルから多様な神経細胞が新たに産み出される仕組みの糸口が突き止められたといえる。
No.2009-40
2009年10月5日~2009年10月11日