ヒトiPS細胞を用いて神経細胞を作り脂質の役割を解明―高度不飽和脂肪酸が神経細胞の機能と脳病態を制御:理化学研究所ほか
(2025年5月19日発表)
(国)理化学研究所、サントリーウエルネス(株)、京都大学iPS研究所の共同研究チームは5月19日、ヒトiPS細胞を用いて神経細胞における脂質の役割を解明したと発表した。脂肪酸の組成比率の変化が、神経細胞の機能と脳病態生理に大きな影響を及ぼすことが見い出されたという。
脳は、重さの半分以上が脂質から成り、中でもドコサヘキサエン酸(DHA)やアラキドン酸(ARA)といった高度不飽和脂肪酸(PUFA)が特に多く存在している。しかし、脳神経細胞の機能と脳病態生理における脂肪酸の役割は十分解明されていない。
研究チームは今回、多様な種類の細胞を作り出せる人工多能性幹細胞のiPS細胞を使って神経細胞を作製し、その機能を解析した。これまでiPS細胞から分化させた神経細胞を培養皿内で扱って神経細胞の機能などを調べた例はあるが、ヒトの特徴的な脂質膜の状態を再現するモデル化はなされていなかった。
今回の研究では、異なる脂質培養条件で神経細胞の脂質膜の状態を様々に変化させ、神経細胞の機能と脳病態生理への作用を解析した。
培地中にDHAやARAを添加することにより高度不飽和脂肪酸(PUFA)の枯渇が解消すると、脂質膜を構成するPUFAの比率が高まるとともに、細胞の脂質膜の流動性が高まっていることが見い出された。流動性とは脂質膜を構成する脂質分子が自由に動き回れる性質のことで、温度や脂質の種類によって変化し、膜たんぱく質の機能などに影響する。
アルツハイマー認知症の病因分子とされるアミロイドβ(Aβ)たんぱく質の産生量が、脂質膜の流動性が高い条件で低下することが観察された。
DHAやARAの量が少ない条件において神経細胞を培養し、DHAやARAを培地中に添加したところ、神経細胞間の情報伝達を担っているシナプスのサイズが大きくなっていることが認められた。
また、DHAやARAを添加した培養条件では、神経の突起が長くなり、神経突起の枝分かれが多い複雑な形態を形成していた。
これらの結果から、ヒトiPS細胞から作製した神経細胞において、脂質膜を構成するPUFAとしての組成比、ならびにPUFAを構成している脂肪酸プロファイルの両者が、神経細胞の機能と脳病態生理に重要な役割を果たしている可能性が示されたとしている。