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高性能スパコン「富岳」で、ナノ物質の光応答の計算に成功―リアルな実験が難しい原子スケールの物理現象の解明に有効:筑波大学ほか

(2022年1月6日発表)

 筑波大学計算科学研究センターの矢花一浩教授と神戸大学大学院の植本光治助教らの研究グループは1月6日、強力なレーザー光を照射した時に物質の内部で起きる光の運動や作用を、世界最高性能のスーパーコンピューター「富岳」を使って精密計算することに、初めて成功したと発表した。スパコンの性能を最大限引き出せるソフトウエアの開発も併せて進めることで、実験が不可能とされる原子スケールでの物理現象を解明できた。

 強力なレーザー光を物質に当てると、物質中の電子とイオンが揺すられ、光の伝搬に影響を与えて屈折や反射がおこる。光科学の解明ではリアルな実験が難しいものが多く、スパコンを使って電子やイオンの運動状態を導き出す計算科学が有効と考えられている。

 ミクロな運動の現象は、電子軌道や電子間の距離、電子と原子核との引き合う力など、物理の最も根本となる法則を基にした「第一原理計算法」で記述することができる。

 この計算法は、少なくとも数十から数百の原子を含む物質について、複雑で膨大な演算の同時処理が必要になる。昨年3月から本格的に動き始めた(国)理化学研究所の高性能スパコン「富岳」を活用した。

 「富岳」の性能を最大に引き出すために、オープンソース(無償で公開され、複製、改良、利用が自由に使えるソフト)のソフトウエア「SALMON」の開発と調整に、筑波大学計算科学研究センターの理論物理学者と計算機科学者が、中心的に関わってきた。「富岳」には15万以上のCPU(中央演算処理装置)が搭載されており、これらを並列化することで同時に複数の高速演算処理が可能となった。

 「富岳」の全システムの約6分の1にあたる2万7,648ノード(CPU)を使って、最大で1万3,632原子からなる物質の光応答計算を実施した。従来は約6,000原子レベルだったが、今回は1万原子を超える膨大な量の物質の計算が、世界で初めて実現した。

 研究グループは、1万以上の原子を含む厚さ6nm(ナノメートル、1nmは10億分の1m)のガラス(SiO2)の薄膜に、高強度のパルス光を入射させた場合を想定して計算機を動かした。その結果、ガラスは持ち前の透明さを失い、光を吸収してしまう現象が現れた。これは高強度レーザーを使ったガラス加工の初期過程によく似ている。

 このように短時間で点滅するパルス光の照射することで起こる複雑で非線形な現象を、まるごとスパコン内部で模擬する「数値実験室」なるものが可能であることが確かめられた。

 スパコンによるシミュレーションは、実験の前にあらかじめ結果を予測し、実験が難しい条件下で現象を調べるには欠かせない。そのための「SALMON」が、今後、世界標準のソフトウエアとして広く利用されることを目指している。