[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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気候変動の予測 ~モデル開発と観測~

(2017年9月01日)

図1.地球システムモデルの構成要素
(出典:Tomohiro Hajima et al., Modeling in Earth system science up to and beyond IPCC AR5, Progress in Earth and Planetary Science, 2014  Figure 1 Components in MIROC-ESM)

はじめに
 近年、地球温暖化の影響とみられる猛暑や干ばつ、氷河の縮小などの現象が世界各地で発生し、私たちの生活や自然環境にとって大きな脅威となっています。2013年から2014年にかけて公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書では、地球温暖化には疑う余地がなく、その主な要因は人間の影響である可能性が「極めて高い(95%以上)」ことが示されました。これは、可能性が「非常に高い(90%以上)」とされた前回の第4次評価報告書より踏み込んだ表現です。また、気候変動が全ての大陸と海洋で自然と人間システムに影響を与えていることも記載されました。これらの報告も踏まえ、2015年にはすべての国が参加するパリ協定が採択されました。米国のトランプ大統領がパリ協定の脱退を表明しましたが、気候変動への取組みに対する世界的な潮流は今のところ大きく変わっていません。さて、こうした一連の動きの中、科学的情報に基づき気候変動の様々な側面やその影響について報告を行うIPCCのような活動を支える研究にはどのようなものがあるのでしょうか。ここでは、気候変動の予測に欠かせないモデル開発と観測について紹介します。

モデル開発
 気候変動の予測では、将来の地球温暖化を精度よく示すことが求められます。その予測結果は地球温暖化による農業や水循環などへの影響を予測するためにも利用されます。将来起こりうる影響を把握し、それに基づき対策を講じるためにも、気候変動の予測技術を高度化し、不確実性を少なくすることが求められます。
 気候変動の予測は、基本的に大気の加熱や冷却などの物理的な法則で構築される気候モデルを用いて行われます。近年、海や陸の炭素循環や、大気の微量物質間の化学反応など、生物学的、化学的な要素を含んだ気候モデルが開発されてきており、それらを総称して地球システムモデル(ESM:Earth System Model)と呼びます(図1)。現在、窒素による植物の生産力への影響を反映するため、ESMに窒素循環を導入するなど、モデルの高度化が進んでいます1)
 このようなモデル開発は各国で行われており、日本では海洋研究開発機構や気象庁気象研究所などが開発を進めています。予測結果はモデルごとに異なるため、モデルを相互比較することで予測の不確実性を把握する活動が実施されています。「第5期結合モデル相互比較計画(CMIP5:Coupled Model Intercomparison Project Phase 5)」は、その結果がIPCCの第5次評価報告書にも利用された代表的なプロジェクトです。CMIP5に参加した世界の50以上の気候モデルのうち、海洋研究開発機構等が開発する気候モデルMIROCが論文引用数で1位を記録するなど(2014年8月時点)、日本の研究が大きな成果をあげ2) 、重要な知見を提供しています。

図2.いぶき(GOSAT)(C) JAXA

観測
 モデルによる予測作業および予測結果の評価や検証では観測データが必要となります。様々な観測手法の中でも、衛星観測は地球規模で密度の高いデータを取得できる重要な手法です。かつては衛星による観測は十分な精度を出すことが技術的に困難であり、地上観測に強く依存していましたが、2009年に日本の環境省・宇宙航空研究開発機構・国立環境研究所が温室効果ガス観測技術衛星(いぶき、GOSAT)(図2)を打ち上げ、主要な温室効果ガスである二酸化炭素とメタンの観測が可能であることを世界で初めて実証しました3)。その後、2014年に米国が二酸化炭素のみを観測するOCO-2を打ち上げ、さらに各国が打ち上げを実施・計画しています。日本は後継機GOSAT-2の打ち上げを予定しており、より高性能なセンサーによる観測精度の向上を目指しています4)

今後の方向性
 モデル開発と観測は、気候変動への社会の取組みを支える重要な研究活動です。今後は、技術のさらなる高度化を継続するとともに、時空間的により詳しく情報を示すことが求められます。日本が今後も優れた成果を発信し続け、その知見が様々な意思決定や種々の研究に活用されることで社会に貢献していくことを期待しています。

 

【参考文献】
1) JST CRDS 研究開発の俯瞰報告書 「環境分野(2017年)P.105(3.1 気候変動区分)」
http://www.jst.go.jp/crds/report/report02/CRDS-FY2016-FR-03.html
2) 文部科学省 第7期 環境エネルギー科学技術委員会(第7回)資料1-3
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/067/shiryo/__icsFiles/
afieldfile/2015/02/23/1353188_2.pdf

3) 今後の宇宙開発体制のあり方に関するタスクフォース会合・リモートセンシング分科会/地球科学研究高度化ワーキンググループ 報告書「地球観測の将来構想に関わる世界動向の分析」(2016)
http://www.jsprs.jp/pdf/TF20160531.pdf
4) GOSAT-2ホームページ 
http://www.satnavi.jaxa.jp/project/gosat2/

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
環境・エネルギーユニット フェロー
松本 麻奈美

 

松本 麻奈美(まつもと まなみ)
 2005年東京農工大学農学部卒、2007年上智大学文学部卒。2007年独立行政法人(現国立研究開発法人)科学技術振興機構入社。大学等の技術シーズの実用化支援や、戦略的創造研究推進事業(さきがけ、ACCEL)などのファンディング業務を担当。2014年より現職。環境分野の研究開発動向や社会動向を調査し、国が取組むべき研究開発課題を検討している。