筑波大学と東京大学の研究チームは5月30日、生物の酵素の一つがtRNA(トランスファー・リボ核酸)と共同で行なう「エディティング(編集)反応」という生体反応が活性化される仕組みを筑波大の超並列コンピューターを駆使して解明、tRNAを構成するわずか1個の水素原子の動きから反応が生じることが分ったと発表した。
研究対象にしたのは「ロイシルtRNA合成酵素」という酵素。この酵素は、アミノ酸を生体内のタンパク質合成工場であるリポゾームに運搬するtRNAにロイシン(アミノ酸の一種)を結合させる働きを持つ。この結合の際、もし誤ってロイシンではない別のアミノ酸を結合させると、遺伝情報が正しく伝わらなくなるため、間違えたアミノ酸を自ら切断し、改めて正しいアミノ酸を結合させる反応を起こす。これをエディティング反応という。
これまで、この反応に関しては、誤ったアミノ酸とtRNAとの結合を水分子が攻撃することで始まることしか分っていなかった。今回、研究グループは、X線結晶構造解析実験から分った酵素・tRNA複合体の三次元構造に、ロイシンとは異なるバリンというアミノ酸をコンピューター内で結びつけることに成功した。この計算には、医薬品の設計(ドラッグデザイン)に使われている薬候補とタンパク質の結合を予想する分子ドッキングシミュレーションを基に、新たに水分子の配置も取り込んで計算できるアルゴリズムを開発して用いた。
その結果、コンピューター内に形成された構造体は、約16万5,000個の原子からなる巨大分子になり、この巨大分子を分子動力学シミュレーションと呼ばれる計算法により原子レベルで詳細に調べたところ、tRNA・バリン結合に近いところにあるtRNAの1個の水素原子が熱運動で位置を変えると、その傍にあった水分子がtRNA・バリン結合を攻撃できるようになることが分った。
このように16万5,000個の原子の中のたった1個の水素原子の位置の変化でエディティング反応がスタートすることから、研究グループはこの水素は「水素ゲート」と名付けた。
この研究では、筑波大グループがコンピューターを用いた理論解析を行い、東大グループが計算結果の正しさについて検討した。今回の研究は、実験的に解決が困難な課題でもコンピューターで解析可能なことを示しており、この手法は今後さらに医薬品開発や生命工学の分野などで展開されて行くと見られる。実際、筑波大グループは、既に複数の生体反応について今回同様の解析法を適用し、仕組みの解明を進めている。
No.2009-21
2009年5月25日~2009年5月31日