(独)理化学研究所は11月7日、ゲノム(全遺伝情報)に書き込まれた情報が1文字(1塩基)違うだけで精子と卵子が正常でも不妊になることを、マウスの実験で解明したと発表した。胎児の形成などに重要な役割を果たし、ヒトにも共通する遺伝子の文字が1つだけ置き換わったものでで、この遺伝子変異が社会的に問題になっているヒトの不妊の原因の一つである可能性もあり、両者の関係が確認できれば、遺伝子診断による不妊の早期発見・治療につながると期待している。
■遺伝子「β‐カテニン」に注目
理研バイオリソースセンターの権藤洋一・新規変異マウス開発チームリーダー、村田卓也開発研究員らによる成果。
妊娠を望むカップルの約9%が悩んでいるとされる不妊の原因はさまざまだが、遺伝的な要因もその一つとされている。研究チームは、受精卵が細胞分裂を繰り返し胎児になっていくときの形態形成や発がんに重要な役割を果たす「β‐カテニン」と呼ばれるタンパク質を作る遺伝子に注目、その変異と影響を調べてきた。
遺伝子の情報は塩基と呼ばれる4種類の物質の並び方で書き込まれているが、今回この塩基の1つが他の塩基に置き換わった1塩基変異によってどのようなことが起きるのかを、マウスで解析した。
まず、突然変異で1塩基変異を起こし、β‐カテニンタンパク質のアミノ酸配列に違いが生じたマウスを探したところ7系統を発見。このうちタンパク質の429番目のアミノ酸が他のアミノ酸に変化した1系統は、精子や卵子が正常なのに不妊であることがわかった。
そこでこのマウスを詳しく調べたところ、オスでは精子を蓄える精嚢に、メスでは出産時に産道になる膣に形成不全があった。そのため精嚢では射精時の精子の輸送経路が変わり、膣では膣閉塞を起こし不妊になっていた。β‐カテニンタンパク質は胎児の形態形成時に体のどの部分にとっても欠かせない重要な物質だが、精嚢や膣の形成時にのみ影響を与えていることも分かった。
精嚢や膣の形成時にだけ遺伝子の1塩基置換変異が影響する詳細な仕組みは分かっていない。ただ、発見した不妊マウスを用いることで、その仕組みを解明し、治療法などの検討が可能になると研究チームは期待している。