(独)産業技術総合研究所は10月7日、糖尿病のラットの体から神経幹細胞を採取してインスリンを産生しやすい状態に培養し、糖尿病ラットの膵臓に移植したところ血糖値が継続的に下がり、病態が改善したと発表した。米国ソーク研究所との共同研究で得られた成果。糖尿病を自家細胞を用いて治す再生医療に道を開く成果として今後の発展が期待される。
産総研の研究グループは、今回の動物実験に先立つ基礎研究で、神経細胞がすい臓の細胞と同じようにインスリンを産生する能力を本来持っていること、つまりインスリンの産生に必要な遺伝子がすい臓の細胞だけではなく、脳の神経系でも共通に発現していることを見出した。また、インスリンを産生するこの遺伝子は、新しい神経細胞を産み出す成体の神経幹細胞が神経細胞に分化する過程で発現することもつかんだ。
一方、神経細胞の元になる神経幹細胞は、脳内だけではなく、鼻の奥にある組織(鼻嗅球)にも存在していることが近年明らかにされている。
そこで研究グループは、成体の神経幹細胞をラットの脳の海馬と呼ばれる部分と鼻嗅球の両方から採取し、インスリンの産生能力を促進させる薬剤を添加して細胞培養液中で2週間培養した後、糖尿病ラットのすい臓に移植した。
病態変化の指標となる血糖値を定期的に測定したところ、海馬由来と鼻嗅球由来のどちらの神経幹細胞を移植した系でも、血糖値が徐々に減少し、病態が改善した。移植しなかった糖尿病ラット群は、8週間後には病態が顕著に悪化し死亡した。また、病態が改善したラットから移植した神経幹細胞を除去したところ、血糖値は再び上昇したという。
移植15週間後、インスリンがどの細胞から産生されているかを調べたところ、糖尿病ラットのすい臓のすい島ではインスリンはほとんど産生されておらず、対照的に、移植した神経幹細胞からは効率よく産生されていることが確認されたという。このことは、糖尿病ラットの脳海馬や鼻嗅球から樹立した神経幹細胞が、移植されたすい臓内でインスリンを産生することにより糖尿病の病態が改善されたことを示している。
今回の治療法は、自家細胞移植なので他人のすい臓細胞移植に伴ういわゆるドナー(提供者)問題がなく、免疫抑制剤による副作用の心配もない。また、遺伝子導入を伴わないのでガン化などのリスクが低く安全性が高い、などの利点がある。インスリンを産生する細胞は、成体神経幹細胞から継続的に補充され、治療効果が長く継続することから、安全で自然な再生医療につながる可能性があると研究ループは見ており、今後、神経細胞そのものに与える影響の調査や、より効果的なインスリン産生活性化薬剤の探索などの研究を進める予定という。
No.2011-40
2011年10月3日~2011年10月9日