記憶も忘却もする脳に似た人工の素子を開発
:物質・材料研究機構/科学技術振興機構/米国カリフォルニア大学

 (独)物質・材料研究機構と(独)科学技術振興機構は6月27日、脳の神経活動の特徴である「必要な情報の記憶」と「不要な情報の忘却」を一つの素子で自律的に再現できる“シナプス素子”を米国カリフォルニア大学ロサンゼルス校のJ・ジムゼウスキー教授と共同で開発したと発表した。神経細胞間の接点であるシナプスの構造と機能を模倣した世界でも初めての素子で、人間が設計したプログラムで動く人工知能コンピューターとは原理の異なる脳コンピューターそのものの実現に近づく成果としている。
 この研究成果は、6月27日に英国の科学雑誌「Nature Materials」のオンライン速報版で公開された。
 シナプスは、神経細胞から次の神経細胞に信号を伝達する接合部分。シナプス前細胞の発するパルス状の活動電位に応じて神経伝達物質を放出、それをシナプス後細胞が受け取り活動電位を発生させることで信号が次々に伝わる仕組みになっている。そして、パルス発生頻度の変化によってシナプスの結合強度は変わる。これは、情報の入力頻度が高いほど確実に記憶し、逆に入力頻度が低ければあいまいな記憶しか形成されずに忘却するという記憶のメカニズムに関する最も重要な仕組みの一つと考えられている。
 研究チームは今回、生体高分子の代わりに硫化銀や白金などの無機物を素材に用い、シナプスの活動を模擬した素子を人工的に作り出すことに成功した。神経伝達物質を放出する部分は硫化銀で、神経伝達物質を受け取る部分は白金で構成、その間に1nm(ナノメートル、1nmは10億分の1m)のギャップを設けてある。
 大きさは、縦横50nmほどで、そのシナプス素子にパルス電圧を印加すると、硫化銀中の銀イオンが原子として析出し、nmのギャップ中に銀原子架橋を形成する。一定強度のパルスを低頻度で印加すると、一時的に架橋はできるものの白金電極と架橋との接点はすぐ後退、一方、高頻度で印加すると太い銀原子架橋が安定的にでき、高い結合強度が長時間維持される。
 銀原子の架橋は、神経伝達物質の受け渡しに相当し、パルスの頻度によって変わるシナプス素子の活動の変化が脳内におけるシナプスの結合強度の変化とよく一致していることを確認できたという。
 研究チームは、新素子による実験で人間の記憶には長期記憶と短期記憶があるという二重貯蔵モデルを再現したり、記憶された情報が時間経過と共に失われることを示す忘却曲線などを得たりした。
 神経細胞には膨大な数のシナプスがあり、脳は複雑なネットワークを構築している。脳の信号伝達の仕組みにさらに近づくため、今後はシナプス素子のネットワーク化を進め、経験によって賢くなる脳コンピューターの構築に寄与したいとしている。

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