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太古の製鉄技術の野生動物への影響は1,000年以上も残る―生物と遺跡の地理分布を、独自の統計分析で明らかに:国立環境研究所ほか

(2019年8月2日発表)

 (国)国立環境研究所 生物・生態系環境研究センターの深澤圭太主任研究員と帯広畜産大学 環境農学研究部門の赤坂卓美助教は8月2日、たたら製鉄など太古の人間活動が現在の哺乳類の地理的分布に重要な影響を与えていることを、データに基づく統計手法で初めて明らかにしたと発表した。将来の生物多様性に悪い影響を与えない持続可能な社会作りに繋げたいとしている。

 かつて大ヒットしたスタジオジブリの人気映画『もののけ姫』では、森を切り開いて鉄を作るたたら場の民と、森を守る山犬一族らの相克が描かれ、技術が自然環境に与えた影響の深刻さを分かりやすく教えてくれた。こうした人間活動の広がりによって、1万5千年前の最終氷期以降、世界各地で哺乳類が大幅に減少したことが科学的に明らかにされている。

 現在の生物多様性の変化を知るには歴史的な人間活動の影響の解明が欠かせない。そこで過去のどんな人間活動が、生物多様性や地域性にどんな影響を与えたかを、データに基づいて明らかにした。この種の研究はどこからも報告がなかった。

 現代の「哺乳類の地理的分布」と、縄文時代以降の「土地利用形態」、「遺跡分布」との関係を統計的に解析することで、哺乳類の分布に与えた大きな要因や影響を拾い出した。人間活動としては定住が始まった縄文時代から現代までを6つ(縄文、弥生、古墳、古代、中世、近世)に分け、3つの遺跡種別(集落、製鉄、窯(かま))を考えた。さらに過去の寒冷期、温暖期の気候、および現代の土地利用、気候、地形も考慮した。

 統計解析には空間統計手法などを使い、哺乳類が移動分散することで生じる未知の要因を少なくし、遺跡数など興味ある要因の影響をより正確に推定できるようにした。さらに過去の人間活動の相対的な重要性を計算し、動物の身体サイズとの関係を考えた。

 その結果、十分な推定精度が確保できた29属のうち21属で、いずれかの時代で製鉄の影響が検出された。古墳時代(約1,7001,300年前)でも13属で統計学的に明確な影響が確認された。

 特にジネズミ、コウモリ、モモンガ、ヤマネなどの小型の哺乳類では、近世(446151年前)と古墳時代の両方で製鉄による負の影響(減少)が確認された。製陶でも複数の時代で、小型哺乳類に明確な負の影響が検出された。

 ところがウサギ、キツネ、タヌキ、イノシシなどの中型、大型の哺乳類では逆の傾向が現れ、近世に製鉄を行なっていた地域では中型、大型哺乳類の多様性が現在も高かった。製鉄や製陶など人間活動は多量の薪(まき)や炭を使い周辺の山林が大量に伐採されたことと、製鉄では鉱石採掘に伴う表土の剥ぎ取りや土壌流出などが生じ、地域全体から原生林がほぼ失われ、二次林や草原が広がったことが挙げられる。

 こうした大規模な土地改変で小型哺乳類が減少した。身体サイズが小さい種は分散距離や生息可能な環境の幅が小さいという動物一般に当てはまる傾向で説明ができる。

 近世の製鉄が行われていた中国山地や阿武隈(あぶくま)山地などに生息するイノシシなどの中大型の属は、改変された草原、二次林、農地による不均一な環境にもうまく適合し、勢力を拡大したと考えられる。

 現代の日本では、製鉄は輸入による鉄鉱石と化石燃料に置き換わり、森林面積は拡大傾向にあるものの、森林の管理放棄などによる自然への働きかけの縮小が生物多様性の脅威になっている。反面、海外では過剰な樹木利用や鉱石の採掘による生態系の劣化が進んでいる。

 これらの結果から、生物多様性に富んだ持続可能な社会作りには、「長期回復困難な分類群を特定し、資源開発の優先順位を下げ、保護区を適切に設定する」などの方策が必要としている。