[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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わかる科学

星の力を使え~スイングバイの威力

(2016年11月15日)

「はやぶさ2」地球スイングバイ 
© ライブ、HAYABUSA2製作委員会

 昨年(2015年)12月、「はやぶさ2」が地球の近くを通過「スイングバイ」を行ったことを覚えている人は多いでしょう。ニュースでは「はやぶさ2、地球の引力で加速!」といった表現が目立ちました。

 でも待てよ・・・引力に引かれて?地球に近づけば加速するのはわかる。でも再び離れて行ったら減速するのでは?・・・と思った人も多いのでは。“正解です!”引力(重力)に引かれてというだけの表現ではスイングバイの原理が理解できたわけではないのです。

 重力のほかにもう一つ大事なことが抜けています。今日はそれについてお話ししましょう。

 説明図を見てください。「はやぶさ2」地球スイングバイの様子を模式的に書いたものです。この図には「はやぶさ2」の速度と、もう一つの矢印(ベクトルと言います)があることに気付いたでしょう。そうです「地球の公転=地球が太陽の周りを回っている」速度ベクトルです。地球は秒速30kmというすごいスピードで太陽の周りを回っているのです。これがスイングバイには欠かせないものになります。

 地球に近づいていく左の図から見てみましょう
( ベクトルは、速度を大きさと方向で表します )

・「はやぶさ2」が地球の影響圏(広い意味での地球の重力圏と考えてください、およそ半径100万
 kmくらいです)に秒速4.7kmで入ってくる
・太陽を中心として考えると、地球の公転速度と「はやぶさ2」の速度のベクトルの和は、二つの
 速度ベクトルが作る平行四辺形の対角線になるので、「はやぶさ2」は太陽の周りを秒速30.3km
 で回っていることになる
・どんどん地球に近づき加速、地球に一番近い点(近地点という)では秒速10.3kmに達する

 今度は離れていく右の図です

・地球の影響圏を離れる時、「はやぶさ2」の速度は秒速4.7km
(地球を中心にしてみると、影響圏に入ってくる時と出ていく時の速度は変わらない)
・地球の公転速度と「はやぶさ2」の速度ベクトルが今度は鋭角(90°より小さな角度)になるため
 秒速31.9kmとなる
・スイングバイの前後の太陽を回る「はやぶさ2」の速度は秒速1.6km大きくなった

 つまり
 地球接近前後の 『地球の公転速度ベクトルと「はやぶさ2」の速度ベクトル』 の和の変化の量、これがスイングバイの効果となるわけです。

 「はやぶさ2」のように地球の進行方向の後ろ側を通過すると「加速スイングバイ」。進行方向側を通過すると「減速スイングバイ」ができることがわかります。
 9月に打ち上げられた米国の小惑星サンプルリターン探査機「OSIRIS-Rex」も2017年9月に地球スイングバイをして目標の小惑星に向かうことになっています。水星、木星や冥王星、さまざまな天体に向かう探査機が地球の力を使ったスイングバイをして飛行していくのです。
 衛星が積んでいる燃料を使うことなく、天体の力を借りる、つまり「星の力を使う」ことで自在に飛行する技術、太陽系を旅するのに必須の技術がスイングバイなのです。

「はやぶさ2」地球スイングバイの説明図   提供 NEC「宙への挑戦」
「はやぶさ2」地球スイングバイの説明図 提供 NEC「宙への挑戦」

 

ライブ社プラネタリウム全天周映像「HAYABUSA2」HP 
http://www.live-net.co.jp/hayabusa2/

小笠原 雅弘(おがさわら まさひろ)
NEC、チーム「はやぶさ」メンバー。軌道系、航法誘導系担当、特にイトカワへの着陸に使われたターゲットマーカやフラッシュランプを手がけた。1985年にはじめてハレー彗星へ旅した「さきがけ」をはじめ、スイングバイ技術を修得した「ひてん」、月のハイビジョン映像を地球に送り届けた「かぐや」など日本の太陽系探査衛星にずっと携わってきたエンジニア。
現在、NEC航空宇宙システム勤務。