[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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資源問題をサイエンスで解決する! ~日本発の研究コンセプト「元素戦略」とは~

(2018年8月15日)

はじめに
 ハイブリッド自動車やスマートフォンなど、我々の日常生活を支えている製品の中には希少元素が使用されているものが数多く存在します。ここで、希少元素とは地球上での採掘可能な量が少ない上に産出国が偏在している元素群で、レアメタルとも呼ばれます。例えば、自動車用のモーターには非常に強力なネオジム磁石が使われていますが、高温に弱いという性質があり、これを克服するために希少元素であるジスプロシウムが必要になります。また、スマートフォンなどに使われている液晶ディスプレイには酸化インジウムスズという透明電極が必要になりますが、ここにはインジウムと呼ばれる希少元素が使われています。このように希少元素を用いた製品開発を行う各国には、世界的な供給不安定化や価格高騰を含めた資源問題が潜在的に存在します。工業製品を輸出の主軸としつつも資源に乏しい日本にとっては、死活的な問題にもなりかねません。「それなら希少元素に依存しない社会を作ればいいじゃないか」と、本気で考えた日本の科学者たちによって生み出された概念が「元素戦略」です。本稿では、世界に先駆けて提唱した「元素戦略」への日本の取り組み状況と、中国による希少元素の輸出制限をきっかけとした米欧の動き、元素戦略によって生み出された研究成果が社会にどのように浸透しつつあるのかについて簡単に紹介します1)

 

「元素戦略」とは?
 「元素戦略」とは、“元素”に焦点を当てサイエンスに基づいた物質・材料科学の基盤を構築するための“戦略”で、以下の5つの柱で構成されます。
① 代替:特定の元素に依存することなく、豊富で無害な元素により目的機能を代替する。
② 減量:希少元素・有害元素の使用量を極限まで低減する。
③ 循環:希少元素の循環利用や再生を推進する。
④ 規制:有害物質等の使用量規制や基準に対応する高い技術を戦略的に開発する。
⑤ 新機能:元素の秘められた力を引き出すことで新たな機能を生み出す。

 一般に「元素戦略=希少元素や有害元素を無害かつありふれた元素に置き換えること」と解釈されがちですが、それは上記5本柱の①にすぎません。真の意味は希少であろうと有害であろうとありふれていようと偏在していようと、各元素が物質・材料の中でどういう役割を担っているのかをきちんと理解しましょう、それによって希少元素や有害元素を無害な元素に置き換えたり、使用量を減らしたり、規制を乗り越えるためのブレークスルーを起こしたり、もしくは物質・材料のもともとの機能を高めたり、もしかすると未知の機能を生み出せるかもしれない、「元素戦略」にはそのような様々な想いが込められています。

 

日本の元素戦略研究に対する取り組み
 元素戦略は2004年のJST-CRDS「科学技術未来戦略ワークショップ~夢の材料の実現へ」で提唱され2)、その後、2007年に初の府省連携プロジェクトである、文部科学省「元素戦略プロジェクト<産学官連携型>」および経済産業省「希少金属代替材料開発プロジェクト」で研究開発が始まります。前者は元素を特定せず、長期的な視点から元素の特性を深く理解することで材料科学のパラダイムシフトを実現し、新しい材料の創成につなげる基礎研究を実施することを目的としました。後者では産業上重要となるいくつかの希少元素を特定し、5年を目処としてそれらの使用量に対する削減目標値(30%~50%)を達成するための短期的なテーマを推進しました。2010年にはJST戦略的創造研究推進事業CREST「元素戦略を基軸とする物質・材料の革新的機能の創出」、さきがけ「新物質科学と元素戦略」が発足します(CRESTは2017年度、さきがけは2016年度にそれぞれ終了)。さらに、2012年からは10年間の事業として文部科学省「元素戦略プロジェクト<産学官連携型>」が始まります。ここでは、磁石材料、触媒・電池材料、電子材料、構造材料を研究テーマとする研究拠点を形成し、産業競争力強化に不可欠な希少元素の革新的な代替技術を開発するために、物質中の元素機能の理論的な解明から新材料の創製、物性評価までを密接な連携・協働の下で一体的に推進しています。理論解析や計測評価の際には「京」コンピュータやSpring-8、J-PARCなどの国内の大型研究施設をフルに活用することが推奨され、オールジャパンで取り組む体制を構築しています。経済産業省においては、2012年より未来開拓研究プロジェクトの中で「次世代自動者向け高効率モーター用磁性材料技術開発」が始まり、その後、NEDOが引き継ぐ形で2014~2021年度の8年間という長期プロジェクトが進められています。

 なお、上記のプロジェクトはいずれも元素戦略の5本柱のうち、「代替」「減量」に関連した研究開発が主な目的(一部、「新機能」に関する研究開発も含む)になっていますが、持続可能な社会を実現するためには、元素の採掘・生成・回収技術、すなわち、「循環」を目的とした取り組みも重要です。2012年から始まった文部科学省「東北発素材技術先導プロジェクト」の中の希少元素高効率抽出技術領域では、元素循環に関する科学を確立し、都市鉱山(使用済み製品に含まれる有用金属を鉱石に見立てたもの)から希少元素を回収・再生する技術の高度化を図ることで資源問題の解決に貢献することを目的としました(2016年度に終了)。余談ですが、都市鉱山から回収した有用金属を用いて2020年の東京オリンピック・パラリンピックのメダル(金・銀・銅合わせて約5,000個)を作ろうという「都市鉱山からつくる!みんなのメダルプロジェクト」が東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会において実施されています3)
図は日本における元素戦略研究の取り組み状況をまとめたものです。

 

世界が震撼した中国による希少元素輸出規制
 日本が元素戦略研究に舵を切った2007年当初は中国による希少元素の輸出規制も行われておらず、希少元素の価格高騰や枯渇といった危機感も少なかったため、海外はもちろんのこと国内でさえそれほど注目はされませんでした。しかし、2010年、尖閣諸島付近での中国船と日本の海上保安庁巡視船との衝突事件をきっかけに、中国によるレアアース(希少元素の一種で希土類元素ともいう)の輸出規制が始まります。この「レアアース・ショック」はレアアースの輸入を中国に依存していた日本、米国、欧州に大きな衝撃を与え、2012年には日米欧が世界貿易機関(WTO)に中国を共同提訴する事態にまで進展します。また、科学技術政策でも資源問題に対する米国や欧州の動きが活発化し、米国においては、2010年にエネルギー省が「Critical Materials Strategy」を発表します。ここでは、電気自動車、太陽光発電、風力タービンなどのエネルギー産業において米国がリーダーシップをとるために希少元素の確実な供給と、需要を減らす効率性や代替物質開発を進めることが提案されています。まさしく日本の元素戦略における「代替」「減量」に対応する内容そのもので、日本の元素戦略が世界を先導していることが窺えます。2017年12月にはトランプ政権による大統領令「A Federal Strategy to Ensure Secure and Reliable Supplies of Critical Minerals(安全かつ信頼できる希少鉱物の確保のための連邦政府戦略)」が発令されています。ここでは、内務省に対して60日以内の希少鉱物リストの作成、さらに商務省、防衛省、農務省、財務省、エネルギー省などに対して希少鉱物リスト公開から180日以内に対応方針に関する報告書を提出するよう求めており、今後米国において元素戦略に関する取り組みが一気に動き始める可能性があります。一方、欧州においては重要な元素群を「Critical Raw Materials(CRMs)」と命名し、2011年に14種、2014年に20種、2017年に27種と3年ごとにCRMsのリストを更新しています。欧州の研究開発を促進するためのフレームワークプログラムであるHorizon 2020の中でも希少元素の持続可能な供給の促進、資源循環効率の向上などを目的としたテーマ探索を進めています。

 国際協調という観点からは、2011年から毎年「Trilateral EU-US-Japan Conference on Critical Materials」という日米欧の3極会合が開催され、希少元素などの供給を取り巻く世界的な問題に関する共通理解を深め、希少元素代替技術やリサイクル技術などの将来の安定供給を目指した戦略的な取り組みの必要性について議論がなされています。

 

元素戦略の特徴と実社会への浸透
 「元素戦略」は物理、化学、金属、セラミックス、磁石などの多彩な研究コミュニティが協働して取り組める、つまり、「元素戦略」を専門とする研究者が存在せず分野融合・横断的研究である点が大きな特徴です。先述の通り、永久磁石におけるジスプロシウム、透明電極におけるインジウムの他、例えば排ガス浄化触媒でも白金が大量に使われていたり、ステンレス鋼の強度化や耐腐食にはクロムやモリブデンが必要になっていて、応用分野はバラバラですが、希少元素を用いて高機能化を実現している、という点は共通しています。これまでは「あれこれ試行錯誤で作ってみたら良いものができた」で進展してきた材料の世界に対して、「科学技術を駆使すれば機能を生み出している原因を突き詰めることができて、希少元素を使わなくても同等もしくは同等以上の機能を持つ材料ができるかもしれない」という考え方をアカデミアだけでなく産業界にも植え付けたのが「元素戦略」の功績とも言えます。さらに、持続可能社会の構築を目指す元素戦略の基本概念は、2015年9月に国連総会で採択された「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)」にも大きく関連しています。

 最近では、これまでの元素戦略研究によって生み出された成果が実際に目に見える形で徐々に実社会にも浸透しつつあります。2016年7月には大同特殊鋼と本田技術工業から重希土類を用いないネオジム磁石をハイブリッド自動車用モーターに採用することが発表され、実際に一部のハイブリッド自動車には既に搭載されています4)。さらに同年11月には東芝と東芝マテリアルから希土類フリー高鉄濃度サマリウムコバルト磁石の開発に成功し、サンプル出荷を始めたことも発表されています5)

 KS鋼の発明者である本多光太郎先生による「産業は学問の道場である」という有名な言葉がありますが、それに倣って「元素戦略はナノテクノロジーの道場である」と象徴されるように、ナノテクノロジーの進展が原子レベルでの材料開発を可能にし、元素戦略研究の発展へと繋がっています。さらに近年の計測技術の進歩によって材料の静的な構造解析だけではなく、原子や電子の動きを追うその場観察(オペランド)も可能になり、様々な機能の発現メカニズムが明らかになりつつあります。一方で、これまでは元素戦略の「代替」「減量」に注力しすぎた面があり、例えば上述の「希少金属代替材料開発プロジェクト」の推進によってガラスなどの研磨剤に使われている酸化セリウムの中のセリウムという希少元素の使用量が大幅に削減されたことで、むしろセリウムの使い道がなくなって余ってしまうという現象も起こりつつあります。今こそ「元素戦略」の5本柱である「代替」「減量」「循環」「規制」「新機能」の原点に立ち戻り、全ての元素が効果的かつ効率的に活用できる持続可能社会実現に向けて元素戦略研究をさらに進化させることが必要ではないかと思います。

参考文献
1) JST CRDS「研究開発の俯瞰報告書 ナノテクノロジー・材料分野(2017年)」(3.5.4 元素戦略・希少元素代替) http://www.jst.go.jp/crds/pdf/2016/FR/CRDS-FY2016-FR-05/CRDS-FY2016-FR-05_10.pdf
2) JST CRDS「科学技術未来戦略ワークショップ~夢の材料の実現へ~報告書」   http://www.jst.go.jp/crds/pdf/2005/WR/CRDS-FY2005-WR-03.pdf
3) 公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会、「都市鉱山からつくる!みんなのメダルプロジェクト」 https://tokyo2020.org/jp/games/medals/project/(2018年8月10日アクセス)
4) 大同特殊鋼株式会社プレスリリースhttps://www.daido.co.jp/about/release/2016/0712_freemag_hevmotor.html(2018年8月10日アクセス)
5) 株式会社東芝プレスリリース https://www.toshiba.co.jp/about/press/2016_11/pr_j1001.htm(2018年8月10日アクセス)

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
ナノテクノロジー・材料ユニット
宮下 哲

 

宮下 哲(みやした さとし)
 2005年3月大阪大学大学院工学研究科博士後期課程修了。工学博士。大学共同利用機関法人自然科学研究機構分子科学研究所博士研究員を経て、2009年科学技術振興機構(JST)入職。現在は、研究開発戦略センター(CRDS)にてナノテクノロジー・材料分野の研究開発立案を担当。専門は物性物理学。