[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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チャレンジプログラム~DARPAによる課題解決型研究開発の新しい進め方~

(2018年9月01日)

図 1 DARPAロボティクスチャレンジ(中間審査段階)における課題(出典:DARPAウェブサイトvi))

 2013年12月、米国フロリダのサーキットは大変な熱気に包まれていました。東京大学発のベンチャー企業であるシャフト社のチームが、米国国防高等研究計画局(DARPA)が主催するDARPAロボティクスチャレンジ(DRC)i)の中間審査を兼ねた競技会において、世界各国から集まった16チームの中で圧倒的な成績で1位となったのです。私も現場で目撃しましたが、1位が決まった瞬間、観客だけでなく他のチームのメンバーも含め、その場にいる多くの人が歓声と惜しみない拍手をシャフトのチームに送っていました。この直前にアルファベット社(グーグル社の持株会社)がシャフトを買収したと公表したこともあり、このニュースは国内の新聞やメディアでも大きく報道されましたii)

 DARPAはインターネットやGPS、音声認識等、現在幅広く使われているイノベーションの基盤となる技術を開発してきたことで知られています。DARPAは革新的な技術の開発を目的とした研究開発プログラムを数多く実施していますが、その中でもチャレンジプログラム(Challenge Program)と呼ばれる賞金付の競技会形式の研究開発プログラムを推進していますiii)。近年、チャレンジプログラムは、課題達成型の研究開発を行う手段の一つとして注目されており、国内外で様々な取り組みが行われています。ここではこのチャレンジプログラムについてご紹介したいと思います。

チャレンジプログラムとはなにか?

 チャレンジプログラムあるいはプライズ方式と呼ばれる研究開発はどのようなものでしょうか。
 研究ファンディングのあり方について経済学的側面から研究しているジョージア州立大学のポーラ・ステファンは、チャレンジプログラムの特徴を以下のように述べていますiv)

 a) ある課題について、幅広いアプローチを募集する。
 b) ただし、具体的な手法は指定しない。
 c) 課題達成の段階に応じて賞金を与える。
 d) 賞金により、それまで参加しなかったようなグループや個人が参加するようになる。

 また、DARPAのウェブサイトでは、チャレンジプログラムの利点を以下のように説明していますv)

 利点1:既存の枠を越えた思考を促す(Prizes Encourage Thinking Outside the Box)
 利点2:幅広い参加を促進する(Prizes Encourage Broad Participation)
 利点3:経済性が高い(The Economics Are Great)

 これらについて、DRCの事例を通じて説明したいと思います。DRCは、2011年3月の東日本大震災・福島第一原子力発電所事故のような過酷な災害や事故の際に、人に代わって現場に入り作業ができる遠隔操縦ロボットの開発を目的としていました。そこで災害時に具体的に対応しなければならない作業(人に代わって車を運転して現場に入る、建物のドアを開け中に入る、がれき道を歩く、バルブを閉める、ドリルで穴を開ける等)がクリアすべき課題として設定され、最終的にはこれらの課題を無線による遠隔操縦によって連続して達成していくことが求められていました(図 1参照)。

 これらの要件を踏まえて各チームが開発したロボットには、人型の二足歩行型から、昆虫やクモのような足を持つロボット、車輪やキャタピラを使うもの、はたまたアニメに出てくるような変形するようなものまで、様々な形のものがありましたvii)。また、このような外見だけでなく、使用される各種センサー、情報処理技術、制御技術、操縦者とのインターフェース、また各種技術とそれを制御するソフトの開発をどのように進めていくかというプロジェクト管理の観点も含めて、実に様々な技術や方法についてのアイデアが世界中から集まり試されたのです。このようにチャレンジプログラムでは、挑戦的な目標設定と賞金により、従来の分野や業界の枠を越えて、様々なアイデアや技術を持つ人や企業等を集めることができます(利点2)。

 また、この「様々な技術や方法が試される」ということがチャレンジプログラムの重要な要件になります。挑戦的な目標を達成する上でどの方法が最も有望かということが、あらかじめわかっていることはほとんどありません。登山においても山頂を目指すのに難度や要する時間が異なる複数のルートがあるように、ある目標や課題を達成するための技術やアプローチは様々なものがあります。チャレンジプログラムは、挑戦的な課題を明示し、幅広く提案を募ることで、それまで思いもしなかったような技術や手法についてのアイデアを幅広く集めることができます(利点1)。そしてその多様なアイデアを競技会や実証試験を通じて検証し、その中から最も有望なものを絞り込んでいく、あるいはそこから関連する技術動向や可能性を把握・確認するという、単なる競技会・コンテストを越えた側面があります。その中にはもちろん、うまくいかないものもありますが、早い段階で「このやり方はうまくいきそうにない」ということを知ることができれば、将来の失敗や無駄な投資を防ぐことができます。報道などでは、どうしても競技会における個々のチームの成績や順位に注目が集まりますが、より大きな視点で、「全体としてどのような技術やアプローチが試されたのか、そこから得られたものは何か」という観点で見ることが必要だと思います。

 また利点3の経済性について、DRCでは賞金以外にも、参加チームに対して一部資金援助が行われていましたが、多くのチームはそれ以外にも自分たちで資金を調達し参加していました。例えば、シャフト社は資金調達が困難だったためDARPAから資金提供を受けて参加しましたが、DRCの最終選考会に日本から参加したチームは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から支援を受けて参加しましたviii)。このように、結果としてDARPAの賞金が呼び水となり、世界中で多くの資金と参加者の労力、時間が投じられ、DARPAが提供した資金額以上の効果が得られたと言えます。

広まるチャレンジプログラム

 現在、チャレンジプログラムやそれに類似するプログラムが国内外で官民問わず、盛んに行われるようになってきました。日本では政府系の研究開発プログラムでは、公的資金を賞金にすることはできないため、DARPAとは違ったやり方や工夫が必要になります。ここでは国内での取り組みの事例として、「内閣府オープンイノベーションチャレンジ2017」ix)を取り上げてみたいと思います。

 このプログラムは、政府が直面する具体的政策課題を解決するような技術や解決方法(ソリューション)を持つ中小企業・ベンチャーを発掘し、育成することを目的としたものです。2017年度は、警察庁、消防庁、海上保安庁の3庁が持つ現場の具体的ニーズを踏まえて、9つのテーマが設定されました(表 1参照)。

 これらの各テーマについて、その問題の背景や求める要件等も含めた形で公表し、それらを満たすような技術を持つ中小企業・ベンチャーを公募したところ、多数の応募があり、その中から15件の案件が認定されました。このプログラムでは、賞金が出ない代わりに、認定された企業は、アドバイザーからの助言を受けることができ、約半年間の実証研究開発の後、大企業や商社、ベンチャーキャピタリスト等が参加するマッチングイベントでの発表の機会が与えられました。
 このような取り組みを通じて、ニーズを提供した官庁側は自分たちの抱える課題を解決しうる技術やそれを持つ企業についての情報を把握することができます。また、参加する中小企業・ベンチャーにとっては国の認定を受けることで、資金獲得や大企業との提携といった次のステップにつながる機会を得ることが期待できます。

日本における課題

 このようなチャレンジプログラムを日本で進めていくためには今後どのようなことが必要でしょうか?
 すでに述べましたように、日本では政府の資金を賞金として支出することはできません。このため、内閣府オープンイノベーションチャレンジのように、参加者に対して賞金とは別の形でのインセンティブを与えるか、あるいは民間企業などと連携した取り組みが必要になりますxi)

 また、チャレンジプログラムで生まれた成果を次につなげる仕組みも重要です。DARPAの場合は、軍や民間企業への技術の受け渡しを促進するため、テーマの設定段階から実施に至るまで、ワークショップや様々なチャンネルを通じて、将来の技術の受け渡し先となる軍、他省庁(国土安全保障省やNASA等)、民間企業等の理解を深めてもらう取り組みをしています。また潜在的なユーザーとのコミュニケーションは、実際の現場の要求を満たしつつ挑戦的かつ具体的な課題を設計することにもつながります。さらに米国では、政府の調達ニーズを踏まえた中小企業・ベンチャーにおける研究開発を段階的に支援するSBIR(Small Business Innovation Research)という制度xii)があり、生まれた技術を段階的にスケールアップしていくことが可能です。米国にはこのような制度や取り組みを通じて、新しい技術が試され、活用される素地があります。

 日本でも、国土交通省のi-Constructionxiii)などのように、労働人口の減少や産業構造の変化を踏まえ、従来の分野や産業の枠を越えて新しい技術を取り込んでいこうという取り組みが進められています。このような取り組みを進める上では、政府調達のルールや、旧来技術をベースとした各種基準の改正など、地道な取り組みも必要です。また、実際の課題解決に取り組む現場の方々にも、新しい技術や手法を活用することの意義を理解してもらうとともに、新技術に対応できる人材を育成していくことも必要だと思われます。肝心なことは、これまでのやり方にこだわらずに、新しい技術ややり方を試してみて、いいものがあればそれを広げていくというようなアプローチを許容する文化を作っていくことかもしれません。 

 

i)DARPAロボティクスチャレンジ(アーカイブページ)http://archive.darpa.mil/roboticschallenge/index.htm (最終閲覧2018年8月21日)

ii) その後アルファベット社の方針でシャフトはDRCから離脱しました。また、2017年6月にソフトバンクグループがシャフト社を含むアルファベット社傘下のロボット関連企業を買収しています。

iii) DARPAにおけるチャレンジプログラムの有名な事例として、自動走行技術の開発を目的として2004年と2005年に開催されたDARPAグランドチャレンジがあります。その他にも、サイバーセキュリティや感染症対策をテーマとしたものや、最近では、地下街やトンネルにおける災害やテロ対策等に活用できる技術開発を目的とした、DARPA Subterranean Challenge などが行われています。

iv)Stephan, Paula E., How Economics Shapes Science, Harvard University Press, 2012 (ポーラ・E・ステファン(著)、後藤 康雄(訳)、『科学の経済学』(日本評論社、2016年)), p 136を元に筆者が整理。

v)DARPA:Prize Challenges
https://www.darpa.mil/work-with-us/public/prizes (最終閲覧2018年8月21日)

vi)DRC Trials ウェブサイト
http://archive.darpa.mil/roboticschallengetrialsarchive/index.html (最終閲覧2018年8月23日)

vii) DRCファイナル参加チーム紹介ページでロボットの写真を見ることができます。http://archive.darpa.mil/roboticschallenge/teams.html (最終閲覧2018年8月21日)

viii) NEDOニュースリリース(2014年7月31日)「日米共同で災害対応ロボット開発プロジェクト」http://www.nedo.go.jp/news/press/AA5_100297.html (最終閲覧2018年8月24日)

ix) 内閣府オープンイノベーションチャレンジ2017
http://www8.cao.go.jp/cstp/openinnovation/procurement/challenge/2017/2017.html (最終閲覧2018年8月21日)

x) 内閣府オープンイノベーションチャレンジ2017 募集テーマ一覧より作成。http://www8.cao.go.jp/cstp/openinnovation/procurement/challenge/2017/beshi2.pdf (最終閲覧2018年8月23日)

xi) たとえば、内閣府等が行っている「新たな宇宙ビジネスアイデアコンテスト(S-Booster)」では、企業からの協賛金が賞金に使用されています。
S-Booster 2018ウェブサイト https://s-booster.jp/ (最終閲覧2018年8月21日)

xii) 米国SBIRウェブサイト https://www.sbir.gov/ (最終閲覧2018年8月21日)

xiii) 国土交通省 i-Construction http://www.mlit.go.jp/tec/i-construction/index.html (最終閲覧2018年8月21日)

 

[参考資料]

小山田和仁「革新的研究開発プログラムの制度・運営における課題 : DARPA Robotics Challengeからの示唆」研究・イノベーション学会 年次大会講演要旨集 30(0), 160-165, 2015
https://ci.nii.ac.jp/naid/110010011980

JST CRDS海外動向ユニット(海外トピック情報)「米国:米国DARPA(国防高等研究計画局)の概要(ver.2)」(2014年9月)https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2014/FU/US20140901.pdf 

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
科学技術イノベーション政策ユニット
小山田 和仁

 

小山田 和仁(おやまだ かずひと)

 2003年3月東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。産業技術総合研究所、日本学術振興会、政策研究大学院大学において、科学技術人材のキャリア形成や革新的研究開発プログラムに関する調査研究、研究戦略の企画立案、国際交流事業の運営などに関わる。2017年6月より科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)フェロー。専門は科学技術イノベーション政策、科学技術社会論。