[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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新聞報道/SNSから考える:バイオテクノロジーの倫理的・法的・社会的課題(ELSI)に関する調査結果のご紹介

(2020年10月10日)

バイオテクノロジーと倫理的・法的・社会的課題への対応

近年、ゲノムを読む技術・操作する技術は日々発展しており、ヒトゲノムの配列解読(2003年)やゲノム編集技術CRISPR/Cas9(2012年)の開発が行われてきました。さらには、人工的にゲノム配列をデザインしたり合成したりすることが可能になりつつあります。これにより、病気を見つけ破壊するようプログラミングされた遺伝子をもつ微生物を作り出す、施肥の必要なく環境にも優しい微生物を住まわせた作物の栽培、といったように、医薬・食品・農業・エネルギーなど様々な分野で私たちの生活にメリットをもたらしえます。もっとも、ゲノムはあらゆる生物が持つ「生命の設計図」であり、使い方によっては、人間や動植物の生命、生態系に影響を与える可能性もあります。実際に、2018年にヒト胚へゲノム編集技術を用いることでHIVに耐性を持つようにゲノムを改変された赤ちゃんが誕生し(以下、「ゲノム編集ベビー」と言います)、倫理面や社会的影響に関する様々な議論が起こりました。これは、バイオテクノロジーの倫理的・法的・社会的課題(以下、「ELSI」と言います。)への対応が重要であることを示す一例に過ぎませんが、統合イノベーション戦略2020、バイオ戦略2020等の国の政策文書においてもその重要性が指摘されています。

 

このような背景の下、2018年に文部科学省より示された戦略目標、そして当該戦略目標を受けて発足した、JST戦略的創造研究推進事業(CREST/さきがけ)「ゲノムスケールのDNA設計・合成による細胞制御技術の創出」研究領域において、「将来の実用化を想定した際の倫理的・法的・社会的課題に配慮」することが求められています。JST社会技術研究開発センター(RISTEX)は、このようなELSIを検討するため、当該領域と連携しつつ、人文・社会科学および自然科学の研究者、産業界などの様々なステークホルダーからなる「『ゲノム倫理』研究会」を設置・運営しています。本研究会の活動の一環として、2018年度・2019年度には、調査研究に取り組みました。海外動向、メディアによる報道分析、ゲノム関連技術(ヒト胚・ヒトクローンや遺伝子検査をケースとして)の情報集約と事例分析等を進めてきました。

 

今後公開予定のその調査報告書の中から、初動調査として実施したメディアにおける報道分析とSNSにおける投稿分析のトピックをご紹介します。

 

マスメディアの記事からみたバイオテクノロジー

バイオテクノロジーのような先端技術の社会受容性に影響を与える一つとして、マスメディアの報道が挙げられます。そこで、現状のマスメディアによるバイオテクノロジーに関する報道傾向を把握することを目的に、国内外の新聞記事を対象とした基礎調査を実施しました。国内3紙(朝日新聞、読売新聞、毎日新聞)および英語圏の海外4紙(The Guardian、New York Times、Washington Post、The Wall Street Journal)を対象に、ヒトゲノム計画が開始された1990年から2019年までの記事の中で、「ゲノム」、「再生医療」、「遺伝子組み換え」という3つのキーワードがどのように報道されているかを分析しました。以下では、国内紙における「ゲノム」に関する報道分析の結果を示します。

図1 国内紙における「ゲノム」に関する報道件数の年次推移

図1によると、「ゲノム」に関する記事は、1990年代は少ない報道件数で推移し、1999年から急激に増加して2000年にピークに達しています。また、2000年代中ごろから2010年代中頃までは同程度で推移し、2016年頃から再度増加しています。この傾向に基づき、Ⅰ期:1990年~1998年、Ⅱ期:1999年~2004年、Ⅲ期:2005年~2015年、Ⅳ期:2016年~2019年の4期に分類し、各時期の特徴語(「ゲノム」との関連度合が強い単語)を抽出しました(表1)。

表1 Ⅰ期~Ⅳ期の各特徴語の上位10件

図1や表1から、各期の報道状況を次のように分析できます。

○Ⅰ期:1990年にヒトゲノムのDNA(30億塩基配列)を解析し、そこに書き込まれた遺伝情報を読み取ることを目的とする「ヒトゲノム計画」がアメリカを中心に開始された後、おおむね報道件数が増加傾向にあります。特に1997年には「ヒトゲノムと人権に関する世界宣言」の採択(ユネスコ)が行われたことから、報道件数が前年に比べ増加したほかヒトゲノム計画や遺伝子地図といった、「計画」「ヒト」「地図」など、ゲノムに関する研究の基礎的な内容が報道されたものと推察されます。

○Ⅱ期:2000年にヒトゲノムの全体像を大雑把に把握するドラフトシーケンスの解析が終了し、2003年にヒトゲノム計画が完了したことから、ゲノムという遺伝情報のその成果について各紙が報道を行ったことが推察されます。また、この時期には、ヒト遺伝情報に関する世界宣言の採択が行われ、国内では「個人情報の保護に関する法律」が制定されたことなどから、「情報」の語には、倫理的・法的側面の報道が含まれていたことが考えられます。

○Ⅲ期:2003年に開始された「オーダーメイド医療実現化プロジェクト」(文部科学省)の研究、2014年には20万人分の遺伝子解析が完了し、人間同士のDNAのわずかな違い(SNPと言います)を明らかにする解析が完了するなど国内でもゲノム解析の結果を活用した研究が盛んに行われ、研究成果や研究の進展が発表された時期であることから、一定程度の報道がなされたものと考えられます。

○Ⅳ期:2012年に開発されたCRISPR/Cas9を用いたゲノム編集技術が医療や食品で活用され始め、それに伴い、医療分野について2017年に厚生労働省が、食品分野については2018年以降に厚生労働省や消費者庁が規制の検討を始めています。また、2018年には中国のゲノム編集ベビーの報道が多く行われました。年次毎に報道件数が増加していることからも、ゲノム編集が人々にとってよく目にするニュースとなりはじめてきたと推察されます。

 

SNSから見たバイオテクノロジー

社会受容性を考える上では、マスメディアだけではなくSNSの存在も考慮する必要があります。特に、SNSの普及や利用者数の増加に伴い、市民によってSNSへの投稿・コメントの形での議論が行われています。特に、Q&Aサイトは、様々な人々による議論が起こる意味でソーシャル性を有するだけでなく、知識を共有するという特徴もあります。そこで、現状のSNS上での投稿傾向を把握することを目的に、Q&Aサイトの投稿を対象にした調査を実施しました。具体的には、ゲノム編集ベビーが誕生した中国のQ&Aサイト「知乎」における回答の中で、「ゲノム編集」に関するものが、どのような文脈でどの程度投稿されているか分析しました。

図2 ソーシャルQ&Aサイト「知乎」における回答数の時系列推移

図2からは、本サイトで最初に回答があった2013年12月から2018年11月25日までの約5年間の回答数は合計361件、1日平均0.2件であったのに対し、ゲノム編集ベビーが報じられた2018年11月26日からデータ収集月の2019年9月までの凡そ9ヶ月間の回答数は合計907件で、1日平均3.1件であり、ゲノム編集ベビー誕生後に市民がそれまで以上にゲノム編集への関心が高まったことが推察されます。

表2 「知乎」におけるゲノム編集関連のトピックの占有率ランキング上位10件

回答をトピック別で見ますと、表2の通り、「Business, market」の割合が最も高く、全体の14.6%を占めています。2013年から、中国からのCRISPR/Cas9に関する特許件数は急速に増えており(2020年3月現在では、中国の特許数はアメリカに次ぐ世界第2位)、中国の市場規模も踏まえたゲノム編集のビジネス化への期待も含む、ゲノム編集技術への中国の強い興味を反映していると考えられます。2位のトピック「Mechanism of HGE(Human Genetic Engineering)」をめぐる議論は全体の13.1%、3位の「Negative or side effects」は全体の12.3%を占めています。これらトピックに含まれる回答の中では、ゲノム編集とは何か、それがどのように身体に影響するのかといった技術やその安全性に関する内容が多く、Q&Aサイトが知識を共有するプラットフォームとして機能していることが表れていると言えます。そして、5位の「CRISPR babies」、6位の「Laws, regulations」、7位の「Ethical responsibility」の3つのトピックで26.4%を占めており、ゲノム編集ベビー誕生を機に、規制、倫理や科学者の役割をめぐるトピックにも市民の注目が集まったことが分かります。

 

おわりに

本稿では、ゲノム関連技術の社会受容性やELSIを考える一つのアプローチとして、マスメディアの報道分析、およびSNSの投稿分析に関する初動調査の結果をご紹介しました。

 

萌芽的技術であるゲノム関連技術のELSIを考える上では、現状やこの技術を知ること、そして専門家だけでなく、マスメディアや行政、産業界、市民を含めた私達一人ひとりがこの技術のメリット・デメリットを把握してどのように向き合っていくのか、議論を重ねていく必要があります。また、その結果に基づいて、具体的にどのような社会においてどのように実装すべきかを見据え、研究開発や事業化を進めていくことが必要です。

 

RISTEXは今後もこのような調査研究活動や研究会における議論を通じて、技術の適切な社会実装を目指し、基礎研究段階からゲノム合成を始めとしたゲノム関連技術のELSIを色々な視点から検討していきます。

 

【参考】

・文部科学省、平成30年度戦略目標「ゲノムスケールのDNA合成及びその機能発現技術の確立と物質生産や医療の技術シーズの創出」https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11293659/www.mext.go.jp/b_menu/houdou/30/03/attach/1402605.htm

(平成30年3月26日 文部科学省)(令和2年9月23日時点)

・JST戦略的創造研究推進事業(CREST/さきがけ)「ゲノムスケールのDNA設計・合成による細胞制御技術の創出」研究領域

(CREST) https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/research_area/ongoing/bunyah30-1.html

(さきがけ) https://www.jst.go.jp/kisoken/presto/research_area/ongoing/bunyah30-1.html

・統合イノベーション戦略2020(令和2年7月17日 閣議決定)

・バイオ戦略2020(令和2年6⽉26⽇ 統合イノベーション戦略推進会議決定)

大下内 和也(おおしたない かずや)

2017年に科学技術振興機構(JST)に入構、社会技術研究開発センター企画運営室に配属(現職)。