[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

「スピントロニクス」って何?(その1)

(2019年11月01日)

 電子はマイナスの電荷を持つ粒子で、流れると電流が生じることはよく知られています。この電子は、電荷に加えてスピンという性質も持っており、永久磁石や磁気記録などの磁気のもとになります。トランジスターやダイオードなど半導体において電子が持つ電荷の流れを制御してさまざまな機能を引き出す技術をエレクトロニクスと呼びますが、磁気をもたらすスピンの性質も利用するエレクトロニクスの分野を「スピントロニクス」と呼びます。
ハードディスクの記録密度増大に寄与した巨大磁気抵抗効果(GMR)

 スピントロニクスのイノベーションは、1988年、巨大磁気抵抗効果(GMR)の発見によって開かれました。GMRは、磁性金属/非磁性金属ハイブリッド構造において磁場を加えると電気抵抗が大きく変化する効果です。数年のうちに、この効果を用いたハードディスク用の磁気読み出しヘッド(GMRヘッド)が開発されました。それまではコイルを使ってディスクの磁気情報を読み出していたので、微小な磁気情報を読み出すことができなかったのですが、これによって数10ナノメートルサイズの記録情報が読み出せるようになり、磁気記録の記録密度が飛躍的に増大しました。図1に示すように、年率25%の増加率であったHDの記録密度は、GMRヘッドの登場によって年率100%の増加率となったのです。
 GMRを発見したフランスのフェール博士とドイツのグリュンベルグ博士は、2007年のノーベル物理学賞に輝きました。

 

磁気ヘッドの高性能化に寄与したトンネル磁気抵抗効果

 次いで、1995年、日本の宮崎博士と米国のムーデラ博士は、トンネル磁気抵抗効果(TMR)を発見しました。TMRは、2つの磁性体で絶縁体を挟んだ磁気トンネル接合(MTJ)において磁場を加えたときに大きな電気抵抗の変化が生じる効果です。この効果を用いて、新たな磁気ランダムアクセスメモリMRAM(magnetoresistive random access memory)が生み出されました。さらに、MgOをトンネル障壁に採用するとTMRが大幅に増大することが日本の湯浅博士と米国のパーキン博士によって見出されました。MgO―TMR素子を用いた磁気読み出しヘッドは、市販されているハードディスクのほとんどに使われています。

 

夢の不揮発性メモリMRAMをめざして
 
MRAMとは、記憶素子に磁性体を用いた不揮発性メモリの一種です。TMR素子を用いた磁気トンネル接合(MTJ)と半導体CMOSが組み合わされた構造となっており、直交する2つの書き込み線に電流を流し、生じた磁界によって磁気状態を書き換えます。MRAMは、SRAM並み高速な読み書きが可能で、低消費電力、高集積性が可能などの長所があり、 SRAM(高速アクセス性)、DRAM(高集積性)、フラッシュメモリ(不揮発性)のすべての機能をカバーする「ユニバーサルメモリ」としての応用が期待されています。

 1996年、新たなスピントロニクスの概念としてスピン注入磁化反転が理論的に提案されました。強磁性電極FM1中でスピン偏極した電子が非磁性体を通して対極FM2に注入された電子スピンがFM2の磁化の方向に傾けられるとき,そのトルクをFM2に渡し、FM2の磁化を反転します。これをスピン移行トルク(STT)と呼びます。開発当初は大電流密度を必要としましたが、研究開発が進み垂直磁化のTMR素子を用いて実用可能な電流密度にまで低減することが可能になりました。STTを使うと、MTJ素子に電流を流すだけで磁化反転でき、微細化で電流密度も小さくなるので、MRAMを高集積化することが可能になりました。これをSTT-MRAMと呼びます。

 しかしSTT-MRAM は電流が作る磁界を書き込みに使う場合に比べて非常に低消費電力となるものの、電流を用いてスピン流を発生するためにジュール熱によってエネルギーを散逸します。これを解決するため、最近、電圧を加えて磁気異方性の変化を誘起するトルクを書き込みに用いる新しい不揮発性メモリ「電圧駆動MRAM」が提案されました。電流をほとんど流さずに電圧のみで書き込むため、STT-MRAM よりもさらに2 桁程度小さなエネルギーで書き込みができるとされています。また、(その2)に述べるスピンホール効果あるいはスピン軌道相互作用によるラッシュバトルクを用いることでSTT-MRAM に比べて高効率のMRAM が作れることも提案されています。原理的に3 端子であるため書き込みラインと読み出しラインを分離できるという回路上の利点もある一方で、素子サイズが大きくなるという問題も抱えています。

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
ナノテクノロジー・材料ユニット 特任フェロー
佐藤 勝昭

 

【参考資料】

1) JST CRDS:研究開発の俯瞰報告書「ナノテクノロジー・材料分野(2019年)」2. 3. 4 スピントロニクスpp.258-264

2) 佐藤勝昭:スピントロニクスとは 電気学会誌, 139, [9], (2019), pp. 589-594

3)佐藤勝昭:磁気工学超入門(共立出版、2014)第4章4.1 pp.89-111

佐藤 勝昭(さとう かつあき)
 1968年 京都大学大学院工学系研究科修士課程修了。1966年NHK入局。基礎研究所での磁性半導体研究で1978年工学博士学位取得。1984年 東京農工大学工学部助教授。1989年同教授。2005年同副学長。2007年同名誉教授。2007年より2013年までJST戦略創造事業さきがけ「次世代デバイス」研究総括。2008年から2019年までJST研究広報主監。2010年からJST研究開発戦略センターフェロー、2019年から現職。2017年から文部科学省「ナノテクノロジープラットフォーム」のプログラムディレクター。専門は、半導体光物性、磁気光学、スピントロニクス。