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超短パルスレーザーに誘起された特殊な格子振動パターンの理論的予見:筑波大学

(2017年9月21日発表)

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当該系量子ダイナミックスにおける相互作用の模式図。フェムト秒パルスレーザーを半導体結晶に照射することで、レーザー・電子相互作用によって電子系(プラズモン、電子・正孔個別励起)が誘起される。さらに、誘起された電子系がフォノン(格子振動)と相互作用することによって、コヒーレントフォノンが励起される。©筑波大学

 筑波大学数理物質系 日野健一教授らは、半導体シリコンに高強度超短パルスレーザーを照射した直後における、プラズモンと縦光学フォノンの共鳴効果がもたらす特異な量子ダイナミックスと当該系における「ラビ振動」の効果を理論的に予見することに成功したと発表した。

 量子力学の創始者の一人であるフェルミの高弟であるファノは、1961年に分光学的な共鳴現象と量子力学の干渉効果が絡み合う振る舞いについての理論を作った。それ以降、半世紀以上が経っても、この理論は「ファノ効果」と呼ばれ、ますます関連する研究が進展している。

 また、接近した量子力学的な離散的準位系(典型例は2準位系)を外的な励起機能を持つ自由度と結合させた場合に起こる振動現象は、「ラビ振動」と呼ばれ、量子力学の基礎課題としてあらゆる量子力学教科書に載っている。実際、これを基礎概念とする特異な現象には、スピン共鳴にはじまり、繰り返しノーベル賞が与えられている。しかしながら、これらは「古い」考えではなく、今後も量子コンピュータ研究関連での基盤概念に使われて、高い評価を受けていくであろう。

 本研究は、これらの超有力基本課題を関連づけ、固体のレーザー励起によって数十フェムト秒(1,000兆分の1秒(fs))に現れる量子効果に適用する理論を作ったと言える。対応するシリコン結晶への高強度超短パルスレーザー照射実験も報告されつつあり、今後の展開への期待は大きい。

 ピコ秒(1兆分の1秒)からフェムト秒に踏み込むと、分光的な「共鳴」の概念は変更を迫られる。スペクトルに現れる単純な、山のある(ローレンツ型)エネルギー吸収は、もはや成立しない。外的なエネルギー供給による「共鳴」と「干渉」が重なりあってしまう。あるいは「共鳴」と「干渉」という人間が作った概念が区別出来ない領域になるというべきであろう。

 本研究では、具体的にレーザー光によって引き起こされる固体の中の電子の集団運動(量子化された励起をプラズモンという)が、同じく固体中にある格子振動(量子化された励起をフォノンという)と結合する状態を理論的に解析した。電子系が光による分極をまとった状態を疑似的なボソンで記述し、それと縦光学フォノンとの結合を量子ダイナミクス理論で展開し、解析している。

 計算によって求められた発光スペクトルを見ると、15fs(フェムト秒)後ではプラズモンからの寄与のみであるが、65fsではフォノンからの寄与が現れる。しかも、その形状は凹みを伴っていて顕著なファノ効果を示している。やがて100fs後には、どちらからの寄与という量子ダイナミック的な識別は無意味となって、単純な一山(ローレンツ型)となってしまう。先端的実験研究への提案・示唆など、このような鮮やかな理論計算結果の意義は極めて大きい。