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冬眠のような低体温状態を作りマウスの脳損傷治療に成功―神経細胞の保護、運動機能の回復を促進し、新しい治療法を目指す:筑波大学

(2025年10月14日発表)

 筑波大学医学医療系の櫻井 武 教授の研究グループは10月14日、脳を損傷したマウスに対して冬眠に似た深い低体温状態を作り、神経細胞や運動機能の回復を早めることに成功したと発表した。事故や病気による脳損傷患者への新たな治療法に繋がると期待している。

 交通事故やスポーツによるケガ、転倒などで頭に強い衝撃を受けると外傷性脳損傷(TBI)を起こす。その後の炎症反応で運動障害や記憶障害を後々残すことが大きな問題だった。

 二次的損傷を防ぐために、これまでは外部から体温を下げて脳を保護する「治療的低体温療法」が臨床に使われた。一定の効果はあるが心臓への負担、血液凝固、血糖値への影響などの副作用が心配された。

 これに対して動物の冬眠のように脳内の神経回路が自ら体温を下げる「生理的低体温」の仕組みを活用することで、より安全な脳保護効果が得られると注目されている。

 研究グループはこれまで、マウスを使って脳の視床下部のある神経細胞「Qニューロン」を化学的に刺激し、動物が冬眠する時のように自らの体温を大きく下げることを発見してきた。

 今回は外傷性脳損傷(QIH)のモデルマウスを使い、回復にどんな影響が出るかを調べた。

 マウスの脳に小さな損傷を与えた後、Qニューロンを活性化し24時間以上にわたり25℃前後の深い低体温状態を実現した。

 その結果、通常の脳損傷マウスで見られる神経炎症が著しく抑えられ、神経細胞の生存率が高まることが確認された。さらに運動量や歩行、握力なども改善し、機能が回復していることが示された。

 これらの成果は、脳の自然な低体温機構を活用して炎症を抑え、損傷後の神経保護と機能回復を同時に実現していると見られ、新たな脳損傷の治療法につながる可能性があると見ている。

 今後はより安全で患者に負担の少ない実用的な応用に向けて、薬理学的なアプローチ開発が重要になる。

 このほか脳梗塞やてんかん、アルツハイマー病などの神経疾患にも有効かを調べることにしている。