覚えているはずなのに思い出せない…はどうして起こる?
(2026年7月15日)
記憶していることは分かっているのに、どうにも思い出せない……という経験をしたことは、誰しも一度や二度ではないでしょう。それでいて別の場面ではすぐに思い出せることもあり、同じ記憶でも思い出せるかどうかは、その時々で違っています。こうした記憶へのアクセスのゆらぎは単なる偶然ではなく、脳の状態の影響を受けている可能性がありますが、そのメカニズムは詳しく分かっていませんでした。
名古屋市立大学、北海道大学、熊本大学の研究グループは、記憶へのアクセスのゆらぎの仕組みの解明に取り組むにあたって、神経伝達物質の一種のヒスタミンを放出する神経細胞、ヒスタミン神経に注目しました。この神経は記憶との関わりがあると考えられてきましたが、覚醒(かくせい)時の活動は詳しく分かっていませんでした。そこで研究グループがマウスの脳内の視床下部(ししょうかぶ)と呼ばれる部位にあるヒスタミン神経の活動を記録したところ、覚醒中でも神経活動は一定ではなく、数十秒スケールのゆったりとしたゆらぎを示すことが判明しました。
次に音を聞いた後に砂糖水を得られる条件を学習したマウスを用いて、どの程度、学習した記憶が行動にあらわれるかを調べました。音を聞いたマウスは砂糖水をもらえると予測して舌を出して舐(な)める行動を示すため、これを“記憶の表出”の指標と捉えて、ヒスタミン神経の活動を測定しながら、舐める行動を促す音を聞かせました。すると舐める行動を強く示した時にはヒスタミン神経の活動が高くなっていました。音の前から高まっていたため、神経活動の高まりは“記憶の表出”によって生じたわけではなく、神経活動の高低が“記憶の表出”に影響している可能性があります。
この可能性を検証するため、ヒスタミン神経の活動をリアルタイムで測定しながら音を聞かせる実験を行ったところ、神経活動が低いタイミングに比べて、高いタイミングでは舐める行動が約40%も増えました。また、光に反応するタンパク質を導入して細胞を操作する光遺伝学の手法を用いて、音を聞かせる直前にヒスタミン神経の活動を人為的に活性化すると“記憶の表出”が高まり、逆に活動を抑えると“記憶の表出”も低くなり、ヒスタミン神経の活動の高低が記憶の引き出しやすさに影響することが明らかになりました。
さらに研究グループは記憶に関わる偏桃体(へんとうたい)に注目し、ヒスタミン神経との関連性を調べました。その結果、ヒスタミン神経が偏桃体の神経集団をあらかじめ整え、記憶を思い出せる「準備状態」にしていることが判明。こうした研究結果から、ヒスタミン神経により偏桃体の神経細胞集団の準備が整っていると、記憶が引き出されやすくなると考えられています。

【参考】
■名古屋市立大学プレスリリース
記憶が「ある」のに思い出せない 仕組みを解明~脳内ヒスタミン神経のゆらぎが記憶へのアクセスを左右する~
■論文
Infraslow histaminergic dynamics govern priming states to gate moment-to-moment memory accessibility

斉藤 勝司(さいとう かつじ)
サイエンスライター。大阪府出身。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。最先端科学技術、次世代医療、環境問題などを取材し、科学雑誌を中心に紹介している。

