生体模倣の「遅くて高効率」なトランジスタ開発
(2025年1月01日)
半導体は集積度が年々上がっています。処理能力を上げ消費電力を下げるために配線間隔をどんどんと微細化していき、すでにナノメートルを切ろうかというところまできています。しかしこの微細化アプローチは限界を迎えつつあります。
この課題に取り組んだのが、産業技術総合研究所と東京大学・九州大学・兵庫県立大学・名古屋工業大学の研究グループです。グループは生体の持つ情報処理機能に注目しました。脳の中にある神経細胞は、入力された情報をゆっくり処理していることがわかっています。しかも、これを非常に小さなエネルギーで行っており、極めて高効率な情報処理といえます。研究グループは、この生体のメカニズムを研究し、超低消費電力で高効率な処理のできる新規トランジスタの製作が可能であることを実証しました。
トランジスタには、ソース・ドレイン・ゲートと呼ばれる3つの電極があり、ゲート電圧を変化させることで、ソースからドレインへ流れる電流をコントロールできます。通常は半導体材料としてシリコンを用いますが、グループはチタン酸ストロンチウムという物質中の電荷を持ったイオンを巧みに制御することで、入力信号をゆっくり変化する出力信号に変換できることを示しました。
今回提案されたチタン酸ストロンチウムを用いたMOS型トランジスタ(一般に広く使われているトランジスタ。金属・酸化物絶縁体・半導体でできている。)は、シリコンを用いた従来のものより100万倍以上もゆっくりと動作し、このときに必要とされる電力はわずか500ピコワット(pW)といいます。ピコは1兆分の1を意味する単位接頭語です。
生体の神経細胞は「リーク積分」と呼ばれる方法で、速い入力信号をゆっくりとした信号に変換しています。この動作を従来のシリコン半導体でやろうとすると消費電力が大きくなってしまいます。そこでグループは固体の中にある「酸素欠損イオン」(結晶中にできる酸素原子が抜けた穴で正の電荷を持つ)を制御することによって、微小電力で生体が行っているリーク積分を模倣できることを示しました。
さらにグループは、この新規トランジスタが神経系の動作を模倣したニューラルネットワークの構築に適していることも確認しました。従来のような高速動作をするトランジスタを用いたニューラルネットワークでは、異なる人物が描いた同一の図形(三角形)のわずかな差異を見破れませんが、ゆっくりと動作する新規トランジスタで構築したニューラルネットワークでは検知できたといいます。グループは、ゆっくり動作する素子ほどペンの位置や描く速さなどの過去の情報を保持できているからではないかと考えています。
大規模な中央集権型の情報処理から、エッジで分散化した情報処理を行うスキームに変化していく中で、生体のように超低消費電力で柔軟な情報処理を行うエッジデバイスという「近未来」の情報処理の姿が見えてきたと言えるでしょう。
【参考】
■産業技術総合研究所プレスリリース
「遅い」のに高効率な情報処理技術を開発
サイエンスライター・白鳥 敬(しらとり けい)
1953年生まれ。科学技術分野のライター。月刊「子供の科学」等に毎号執筆。
科学者と文系の普通の人たちをつなぐ仕事をしたいと考えています。