なぜ牙(きば)のないゾウは増えたのか? 密猟がねじ曲げたゾウの進化
(2021年11月17日)
アフリカゾウは牙を使って、土を掘り、樹皮を剥(は)ぎ、時には他のゾウと戦います。ゾウにとって大きな牙は生きる上で有利に働きます。ところが、象牙(ぞうげ)の密猟が激しくなると、この大きな牙が狙われることになります。
アフリカ、モザンビークの内戦(1977年から1992年)では、両陣営の兵士が戦費を集めるために象牙を求めてアフリカゾウを大量に虐殺しました。現在のゴロンゴーザ国立公園(モザンピーク)では、内戦で約9割のアフリカゾウが殺されました。内戦が終わって、ゾウの個体数が回復すると、ある異変が起きていました。牙のないメスのゾウが増えていたのです。
このほど、プリンストン大学(アメリカ)を中心とする研究グループは、モザンビークにおける長年の内戦と密猟が、アフリカゾウの進化に悪影響を与え、牙のないメスの増加につながったことを明らかにしました。この研究成果は国際的な科学誌『Science』に掲載されています。
研究グループは、まず過去のビデオ映像と現代の観察記録を分析しました。その結果、ゴロンゴーザ国立公園のゾウの個体数の急激な減少に伴い、牙のないメスの割合が18.5%(1972年)から50.9%(2000年)へと約3倍に増加していたことが分かりました。一方、今回の研究や、他の地域での大規模な調査で、牙のないオスは確認されていません。
ゴロンゴーザ国立公園での記録では、1972年には2,542個体だったアフリカゾウが、2000年には242個体にまで減少していました。この数値を元に、様々なシミュレーションを行ったところ、記録のある28年間では、牙のないメスは、牙のあるメスよりも生存率が5倍以上も高いと推定されました。このことから、メスにとって牙のないことが生存に有利に働いたと結論づけられました。要するに、牙のないメスは、密猟の対象にならず、生き残る可能性が高かったというわけです。
次に、研究グループは、牙のないメスから生まれる娘ゾウの半数には牙がないこと、牙のない息子ゾウは生まれてこないことについて、その原因を遺伝的に調べることにしました。そこで、牙のあるメス7個体と牙のないメス11個体から血液を採取し、遺伝情報を詳しく解析。その結果、牙のないメスでは、性染色体のX染色体にある1つの遺伝子に突然変異が起きていることを発見しました。この変異した遺伝子を1つもつと、メスは牙がなくなり、オスは胎児のときに死んでしまうことなどが判明したのです。この遺伝的なメカニズムは、現状をとてもよく説明できます。なおオスの胎児が死に至るメカニズムは、まだ分かっていません。
今回の研究で、内戦や密猟がアフリカゾウの進化の道すじを大きく変えてしまったことが明らかにされました。今後、ゴロンゴーザ国立公園で、ゾウの個体数と共に、牙のあるゾウの個体数を回復させることが、生態系の回復にとっても必要になると研究グループでは考えています。というのも、ゾウの牙は餌を求めて土を掘りかえしたり、樹皮を剥いだりと、多目的に使われます。それらの行動によって、大きなスケールでは森林から草原への移行が促進され、局所的なスケールでは他の種の生息環境が作りだされます。このことから、牙のないアフリカゾウが増えると、生態系が大きく変容してしまうと考えられるのです。
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参考文献:
・Campbell-Staton S.C. et al., (2021) Ivory poaching and the rapid evolution of tusklessness in African elephants. Science. 374: 483-487.
・https://www.science.org/doi/10.1126/science.abe7389
保谷 彰彦 (ほや あきひこ)
文筆家。東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。専門はタンポポの進化や生態。主な著書は、新刊『ヤバすぎ!!! 有毒植物・危険植物図鑑』(あかね書房)、『有毒! 注意! 危険植物大図鑑』(あかね書房)、『タンポポハンドブック』(文一総合出版)、『わたしのタンポポ研究』(さ・え・ら書房)、『身近な草花「雑草」のヒミツ』(誠文堂新光社)など。中学校教科書「新しい国語1」(東京書籍)に「私のタンポポ研究」が掲載中。