おうちで出来る楽しい理科実験
染みは広がってリングになるのはなぜ?
(2026年5月15日)
最近では、科学の先端における研究に関して、大がかりな装置を使うことが増えているが、ここでは、日常の生活のなかにある身近な「物理」を、観察して議論してみよう。
コーヒーで作った「染み」を観察してみよう

布の上に落としたコーヒーは乾くと「染み」になって残る[注1]。このありふれた現象は、蒸発・拡散・流体運動が結びついた典型的なコロイド粒子(大きさが1µm(マイクロメートル)から0.01マイクロメートル(1マイクロメートルは1,000分の1mm))によるソフトマター物理[注2]でもある。多くの場合、図1に示したように、乾燥後には外周に濃い輪を形成する[注3]。これは「コーヒーリング現象」と言われている。

図2(a)に模式的に描いたように、液滴内の水分と空気が接する面は中心付近ではほぼ平面なので接触面は(ほぼ点状で)狭い。それに対して、縁(ふち)の部分は界面が急激に曲がる形状のため、接触面(図中の赤線で示した部分)が広くなり溶液から水蒸気が発生して拡散しやすくなっている。つまり、「染み」の外側のほうが乾きやすい。

ここで重要なのは、図2(b)に示したように、コロイド粒子が自発的に外側へ移動するのではなく、縁での液体の蒸発(気化)が中心部に比べて速いため、それを補うために誘起(ゆうき)されたオレンジ色の矢印で示した中心から縁への溶液の流れによって運ばれる点である。その流れの結果、「染み」の縁では粒子が集まって濃度が大きくなる。
これらに加え、縁の溶液は、コロイド粒子を残して水分が蒸発していくことが最終段階でのリングの(明確な)形成に貢献している。これが「染み」が広がってリング(縁が濃くなる)になる仕組みである。
10%,20%の食塩水で実験してみよう
「染み」の中心部と縁との間の流れが生む挙動をじっくり観察するため、食塩水で実験[注2]してみた。この実験では、途中の経過の様子が結果に大きく影響するので、外部から振動を与えない注意が必要だ。濃度10%の場合、図3のように1時間ほどで、白く析出(せきしゅつ)した食塩が周辺部へ分かれて行くようすを見ることができる。これが24時間後には図4のように、リング状の周辺部の大きな結晶(一辺1mm程度の立方体の整列)になる。さらには、図5のように、リングからはみ出した「結晶成長」も見ることができる。

ともかく、中央部に残された成分は少ない。そこで、もっと濃度を大きくし、20%にしてみた。すると、図6のような中心も食塩でかなり詰まった状態を経て、図7になる。食塩の濃度増加によって周辺部が太くなるのは当然と思われるが、中央部にも残留した食塩による細かな(一辺0.2mm程度)の結晶が一面(ほぼ一様に)に並ぶ様子が観察された。

身近な調味料の実験
理解をさらに深めるために、コーヒーだけでなく、黒酢(図8の左下)、醤油(図8の右上)、とんかつソース(図9)、トマトケチャップ(図10)といった身近な調味料で同様の実験を行なった。低粘度で比較的均一な液体である黒酢や醤油では、図1に似た典型的なリングが明瞭に現れる。一方で、とんかつソースやトマトケチャップのように粘性が高く、多成分からなる溶液では、内部流れが抑制されるためリングがぼやけたり、内部にも色が残ったりする。さらに中央部が純粋な水に近く、周辺部が濃厚溶液になる場合、その濃度勾配によって中央に大きな表面張力が生じる場合も考えられる。その大きな表面張力によって周辺部から中心部へ、逆流としての「マランゴニ流*」が顕著に現れている可能性もある。

これらの現象は、「染み抜きは染みを広げているだけ」という日常的な感覚とも深く結びつく。染み抜きに関心を持った物理学研究者も多い[注4]。実際、布のしみを拭き取るとき、私たちは汚れを取り除いているつもりになるが、実際には液体が周囲へ広がり、その後の乾燥過程で成分が再分配されているにすぎない。その結果、かえって輪郭(りんかく)が強調されることもある。これは、物質(染みのもと)が消滅するのではなく、流れとともに位置を変えているだけであることを示している。
以上のコーヒーリング現象は、インクジェットプリンターにおいては、色素粒子が乾燥時に中心からズレることを意味しており、鮮明な印刷のためには避けなければならない切実な問題である。そこで、色素粒子を球体でない形にして乾燥時に縁へ流れるのを妨ぐ方法などが研究されている。[注5]
【参考文献】
[注1] R.D. Deegan, O. Bakajin, T.F. Dupont, G. Huber, S.R. Nagel, T.A. Witten “Capillary Flow as the Cause of Ring Stains from Dried Liquid Drops”, Nature,
Vol.389, pp.827–829 (1997) DOI:10.1038/39827 この論文でコーヒーリング現象に関心が集まった。
[注2]夏目雄平「やさしい化学物理」(朝倉書店、2009)
[注3]図1、図8,図9,図10は刺繍用の木枠へ木綿布をはり、溶液をたらした。図3、図4、図5、図6、図7は金属トレイを使った。溶液量は1ミリリットル。
[注4]ロゲルリスト「新物理の散歩道」第3集(ちくま学芸文庫)
[注5] P.J. Yunker, T. Still, M. A. Lohr, A. G. Yodh “Suppression of the coffee-ring effect by shape-dependent capillary interactions“, Nature Vol.476, pp.308–311 (2011) DOI: 10.1038/nature10344
【用語解説】
マランゴニ流*:液体表面の表面張力の不均一を駆動力として生じる対流現象
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夏目 雄平(なつめ ゆうへい)
千葉大学名誉教授・グランドフェロー(国際教育センター)。固体物性物理学専攻。最近の著書に「やさしく物理」(朝倉書店)、「やさしい化学物理~化学と物理の境界をめぐる」 (朝倉書店)など。 共著で「身近にあふれる『科学』が3時間でわかる本(明日香出版社)」など。文系の著書に「小さい駅の小さな旅案内」 (洋泉社新書)など。各地でサイエンスイベントを行っている。NHK-TV「世界オモシロ学者のスゴ動画祭」に2回出演。
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