アートとサイエンスの新たな関係
(大阪・関西万博「エンタングル・モーメント」展プロデューサー 森山 朋絵)
(2025年7月01日)
2025年に「国際量子科学技術年」宣言を記念して「大阪・関西万博」を会場に開催される企画展「エンタングル・モーメント―[量子・海・宇宙]×芸術」に、プロデューサーとして、多くの仲間と共に携わることになりました。同展は、量子の微細な世界、生命を育む海洋と地球、そして広大な宇宙という3つの領域を「科学・技術・芸術」のコラボレーションを通じて体感し、新たな発想の芽を持ち帰っていただくことをめざしています。

量子研究は既に100年の歴史を持ち、過去から現在に至るまで、多くの科学者や芸術家が「目に見えるとは限らない世界」をとらえようと探究を続けました。いつの時代にも、豊かなイマジネーションの表現と確実な技術に支えられた創造的な試みが、次なる知覚を切り開いてきたと言えるでしょう。この展覧会は「ウロボロスの蛇」を思わせる円環構造で構成され、科学・技術・芸術の「対比」ではなく、それらが「エンタングル=もつれ合う」展示になっています。また、今ここにある現在や、来たるべき素晴らしい未来を考えることに限らず、先駆者たちによる試みの「モーメント=瞬間」が無数に積み重なって今の私たちがあることに想像を拡げてみようという狙いもあります。

展示空間では、約20もの⼤学や研究機関、企業による研究成果(量子コンピュータや量子センサー、量子通信技術、北極域を含む海洋探査や生命の誕生に迫る深海研究、ブラックホールやダークマターといった宇宙の秘密を解き明かす研究など)が、アートやデザインの表現と共存し、最後は、つくばにゆかりあるJAXA(宇宙航空研究開発機構)やKEK(高エネルギー加速器研究機構)などが参画する宇宙のパートで締めくくられています。
今世紀に入ってから、世界中の多数の機関でアーティスト・イン・レジデンス(客員芸術家制度)の受け入れが広まり、一見遠く見える異領域の中にも、研究成果をアートやデザインで可視化・可聴化・可触化してみせる試みが根づいてきました。スイス・ジュネーブにあるCERN(欧州合同原子核研究機構)においても、2011年から客員芸術家の招聘を開始し(アーティスト池田亮司を含む)、その成果が「サイエンス・ゲートウェイ」と呼ばれる文化施設で公開され、多くの来場者を迎えています。また今年から来年にかけて、国内外で量子をテーマとする展覧会(日本科学未来館、東京都現代美術館ほか)もいくつか開催されます。1990年代以降、C.ソムラー&L.ミニョノ―を芸術家として迎えた国際電気通信基礎技術研究所(ATR)や、JAXAによる国際宇宙ステーション(ISS)実験棟「きぼう」の文化・人文社会科学利用パイロットミッションとして展開された「宇宙芸術」実験が知られていますが、一方でKEKにおいても、研究機関に芸術家を迎える画期的な試みがついに始まりました。

アーティストユニットである岩竹理恵+片岡純也がKEKに招かれ、施設を巡って研究者らと対話し「KEK曲解モデル群」と名づけた彼らなりの解釈を作品として仕上げつつあります。私たちが今後つくばメディアアートフェスティバルや「エンタングル・モーメント」展で目にするその成果は、素粒子物理学や「量子」の考え方を通して世界をとらえるとこんなにも面白い―と、造形的な語彙で語りかけてくるかのようです。彼らの試みは、これまで多様に繰り返されてきたアートとサイエンスの対話に、新たな関係性をもたらすものになるでしょう。
私自身は学生時代(大学・大学院)を筑波研究学園都市で過ごし、在学中の1985年につくば科学万博を間近に見たあと都立美術館の学芸員になったのですが、思い返すと、仕事人生の根源にはいつも、幼い日に訪れた1970年大阪万博での衝撃的なアート&テクノロジー体験がありました。私たちは、大阪万博で活躍した若き芸術家たちから、つくば科学博のころにアート&テクノロジーを学んだ世代です。古典コンピュータアートの黎明(れいめい)であった前回の大阪万博に対して、今回の万博では「量子コンピュータアートの黎明」という、新たなアート表現が⽣まれる瞬間を⽬撃できるかもしれません。そこを訪れた幼い世代のこどもたちが、かつての私たちのように驚き、もつれあう世界の成り立ちに思いを巡らせ、科学・技術・芸術にまたがる新しい価値観やセンスを直感的に感じとってくれたら、そして次の100年に向けた問いかけやアイデア、創造的な試みの場が生まれれば幸いです。
■「エンタングル・モーメント―[量子・海・宇宙]×芸術」開催概要
会期|2025年8月14日(木)-8月20日(水)
会場|大阪・関西万博 EXPOメッセ「WASSE」
主催|内閣府、文部科学省 共催|総務省、経済産業省
協力|一般社団法人日本物理学会
出展/ステージ出演/展示制作協力予定機関(五十音順)|宇宙航空研究開発機構、大阪大学、海洋研究開発機構、株式会社QunaSys、京都大学、高エネルギー加速器研究機構、産業技術総合研究所、自然科学研究機構分子科学研究所、株式会社スキルアップNeXt、東京科学大学、東芝デジタルソリューションズ株式会社、東北大学、富士通株式会社、理化学研究所数理創造研究センター、理化学研究所量子コンピュータ研究センター、量子科学技術研究開発機構、一般社団法人量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)、N’SO KYOTO
プロデューサー|森山朋絵(東京都現代美術館/大阪芸術大学)
コ・プロデューサー|安藤英由樹(大阪芸術大学)、大谷智子(大阪芸術大学)
企画|瀬戸勇紀、吉岡佑真、大西将徳
メインビジュアル・展示グラフィック監修|永原康史 編集ディレクション|楠見春美
展示コーディネーション|莇貴彦(CG-ARTS)、林秀夫(CG-ARTS)
■今後の関連イベント
ミッション∞インフィニティ 2026年1月31日(土)- 5月6日(水)東京都現代美術館
■過去のイベント
ミッション[宇宙×芸術] 2014年6月7日(土)-8月31日(日)東京都現代美術館

森山 朋絵(もりやま ともえ)
大阪・関西万博「エンタングル・モーメント―[量子・海・宇宙]× 芸術」」展プロデューサー。
メディア芸術キュレーター/東京都現代美術館学芸員。筑波大学大学院在学中の1989年より学芸員として東京都写真美術館の創立に携わり、映像メディア展を多数企画。2007年より現職。東京大学、早稲田大学等で教鞭を執り、ZKM、MITメディアラボ、ゲティ研究所に招聘滞在後、Prix Ars ElectronicaやNHK日本賞の審査員、第1回SIGGRAPH Asia議長を歴任。東京都現代美術館での主な担当展に名和晃平、吉岡徳仁、ダムタイプ、ライゾマティクス、坂本龍一らの個展など。日本バーチャルリアリティ学会フェロー、大阪芸術大学アートサイエンス学科客員教授。