慶應義塾大学と筑波大学は5月9日、特殊な光学現象を利用することで生物の細胞膜で起きる分子レベルの現象を観察するSHG顕微鏡向けの専用色素を開発したと発表した。SHG顕微鏡はこれまで適切な色素がないために生命科学分野への応用は一部に限られていたが、今回の開発で初めて細胞膜の現象を定量的に理解する手法が確立、今後の細胞生物学研究に弾みがつくと期待している。
開発したのは、慶應義塾大の安井正人教授、塗谷睦生専任講師らと筑波大の新井達郎教授、百武篤也講師らの共同研究グループ。
SHG顕微鏡は、同じ波長を持つ二つの光子が干渉し、その半分の波長を持つ一つの光子に変換する「光第二高調波発生(SHG)」現象を利用して分子の集団構造を可視化する特殊な顕微鏡。ただ、この顕微鏡を利用するには近赤外レーザー光を照射したときにSHG信号を出す細胞染色用の特殊な色素が必要だが、従来の色素では余分な蛍光が出てSHG信号が見えにくくなるなどの問題点があった。
研究グループは、SHG信号は発しながら余分な蛍光は出さない色素の開発を試みた。研究ではまず、アゾベンゼン化合物が光を吸収しても光以外の形でそのエネルギーを放出することに着目、従来SHG顕微鏡に使われてきた色素「FM4-64」の構造の改変を試みた。その結果、世界初の無蛍光SHG色素「Ap3」が合成できた。
実験では、このAp3で培養細胞を染色し近赤外レーザーを照射したところ、観測のじゃまになる蛍光をまったく発することなくSHG信号を発することがわかった。また、従来のFM4-64がレーザー光の照射に伴って細胞を傷つける毒性を発揮するのに対し、Ap3は非常に安定で細胞毒性が低いこともわかった。Ap3を利用すれば細胞膜の電位の計測が可能になることなども確認できたという。
研究グループは「細胞膜とその付近で起きるカルシウム情報伝達などの複雑な生命現象の解明が大きく進展する」と期待している。