(独)産業技術総合研究所は8月8日、筑波大学と共同で老化に伴って脳内で新しい神経が産み出される神経新生が減衰していく仕組みをマウスの実験で解明すると共に、衰えた神経新生機能が運動などによって再び活性化する事実をつかんだと発表した。脳の「老化」と「若返り」を調節するたんぱく質因子の役割を突き止めたもので、アルツハイマー病や認知症、うつ病などの予防・治療技術の開発に結びつく可能性があるという。
記憶や学習をつかさどる脳内の海馬という部分には新しい脳神経細胞を産み出す神経幹細胞があり、海馬の底部にはこの神経幹細胞の足場になっているアストロサイト細胞と呼ばれる細胞がある。アストロサイト細胞は、たんぱく質の一種「Wnt3(ウイント3)」というシグナル伝達物質を作り出して神経幹細胞に放出し、神経分化に必要な遺伝子や、神経細胞の多様化を産み出す遺伝子を活性化して、多様な神経細胞を生み出すメカニズムをコントロールしていることがこれまでの研究で分かっている。
その一方で、こうした神経新生は、年齢と共に減少し、アルツハイマー病、認知症、うつ病などの神経変性疾患や精神疾患で顕著に低下し、ストレスなど個人が置かれた環境によっても大きく変化することが知られている。これは、海馬における神経新生現象が、外的刺激や個人の生体環境によって容易に変化し得る分子メカニズムで調整されていることを示している。
そこで、研究チームは、このメカニズムの解明を目指し、運動による脳機能の増強法などを研究している筑波大学の研究チームの協力を得て、疾患や老化といった個体の現象が神経幹細胞やその周囲の細胞とどのように関係しているのかを調べる実験を行った。
まず老齢マウスと若いマウスの海馬からそれぞれ神経幹細胞を取り出して培養したところ、増殖能力に大きな差は認められなかった。このことから神経幹細胞の潜在的な神経新生能力そのものは、老化によっても損なわれないことが推測された。
次に、老齢マウスと若いマウスの海馬からアストロサイト細胞を取り出して培養したところ、若いマウスのアストロサイト細胞からはWnt3が盛んに産生されているが、老いたマウスの細胞からはWnt3の分泌はほとんど観察されず、老いた細胞のWnt3産生能力は30分の1程度にまで大幅に減少していることが分かった。これまで、老化に伴い脳内で新しい神経が作られなくなっているのは、元となる神経幹細胞の数が減ることが第一の原因と考えられてきたが、実際はそうでなく、アストロサイト細胞が産み出すWnt3が神経新生を大きく左右する因子であることが浮き彫りになった。
さらに、老いたマウスにストレスを感じさせない適度な運動を短期間行わせたところ、海馬アストロサイト細胞のWnt3産生能が大幅に増加した。この増加に伴い、Wnt3を受け取る神経幹細胞内の神経分化に必要な遺伝子が活性化され、神経新生機能が増すこと、すなわち海馬で新しく産み出される神経細胞の数が増加することが分かった。Wnt3は、神経幹細胞の若返りにもつながる役割を持っているともいえるという。
これらの成果を踏まえ研究チームは今後、幹細胞の周囲の細胞の役割をさらに詳しく解析し、幹細胞を支えている細胞群の活性化を促すような創薬開発や新規医療技術開発を進めたいとしている。
No.2011-32
2011年8月8日~2011年8月14日