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進む海洋酸性化が、植物プランクトンの鞭毛に異常をもたらす―人や生物の重要な運動機能に深刻な影響も:筑波大学

(2020年6月10日発表)

 筑波大学海外教育研究ユニット招致プログラムのJason Hall-Spencer教授と同大生命環境系の稲葉一男教授らは6月10日、植物プランクトンである単細胞緑藻類が海洋酸性化によって受ける影響を調べた結果、鞭毛に異常が生じ、運動や光応答が正常に行えなくなることを証明したと発表した。

 人体には鞭毛と同じ構造の「繊毛」があって重要な働きをしているだけに、二酸化炭素の増加が人間や海洋生物の生態に大きな影響を与えるものとみている。中国水産科学研究院、国立青島海洋科学技術研究所の叶乃好博士、厦門(あもい)大学海洋地球学院の高光博士の研究チーム、モナッシュ大学(オーストラリア)、タスマニア大学(同)との国際共同研究による成果。

 海洋の酸性化は大気中の二酸化炭素が上昇し海水に大量に溶け込むことで起こり、生物の発生や行動、生態に深刻な影響を与えると予想されている。

 現在の大気中の二酸化炭素濃度は約400ppm(ppmは100万分の1)で海水中のpH(水素イオン濃度)は8.1だが、2100年頃には1,000ppm以上、pH7.8に達するとみられている。

 海洋酸性化が炭酸カルシウム骨格を持つ生物に深刻な影響を及ぼすことや、海洋生態系、生物多様性に影響を与えることは既に知られていたが、細胞レベルでの影響は分かっていなかった。

 研究グループは、海産(ミクログレナ属)、汽水産(ドナリエラ属)、淡水産(クラミドモナス属)の3種類の緑藻類について鞭毛運動に及ぼす影響を調べた。

 二酸化炭素が400~2,000ppmの濃度で溶け込んだ海水を使った。実験室と、フィールドに近い区画化した容器の中で、緑藻類を5年間培養し、それぞれの藻類について蛍光灯、太陽光(自然光)、青色光の3つの波長を使って運動性と光応答反応を調べた。

 その結果、いずれの条件下でも高濃度の二酸化炭素で飼育した緑藻類の運動性能が減少していた。また光に向かう運動(正の走光性)とその反対の負の走光性の速度も著しく低下した。こうした運動異常は、二酸化炭素による酸性化が原因で起こることを見出した。酸性化によって脱鞭毛化も促進されると、その後の鞭毛再生の速度も遅くなることも明らかになった。これらの影響は3種の緑藻類で共通してみられた。

 原因を探るため、運動に重要な12種類の遺伝子発現について解析したところ、①鞭毛を駆動するたんぱく質ダイニンの成分や、②鞭毛の形成に関わる遺伝子、③運動を活性化させる酵素の遺伝子の発現が、二酸化炭素の高濃度下での飼育で著しく低下した。

 その反面、鞭毛を脱離させるのに必要な遺伝子や、運動を負に制御する鞭毛成分の遺伝子の発現が増加することも分かった。

 今回得られた運動性のデータを元に、南極のミクログレナの日周鉛直移動への影響を計算した。光に向かう鉛直移動は、二酸化炭素濃度が低い280ppmでは15時間から2日だが、高濃度の2,000ppmだと3日から6日もかかり、運動性能が大きく落ちることが分かった。

 今後、鞭毛や繊毛を持つプランクトンなど海洋生態系を底辺で支える多くの生物が、酸性化によってどのように変化するかを包括的に調べて、海洋生物の生態に及ぼす影響を明らかにしたいとしている。