妊娠期間の鉄の摂取は、マウスでは“夕方”よりも“朝”のほうが効果的
(2026年6月15日)
女性の貧血、特に妊娠期間中の貧血は重大な健康課題であり、妊娠時の貧血の主な原因は鉄分の不足とされています。厚生労働省の「日本の食事摂取基準(2025年版)」によると、20~30代の女性の鉄摂取推奨量が、1日10~10.5mg、妊娠中期(14~27週)、妊娠後期(28週~出産まで)は1日14.5mgとされているのに、国民健康栄養調査によると20~30代の日本人女性の鉄摂取量は1日平均6~7mgであり、推奨量に比べて不足しているのが実情です。妊娠中に鉄分の不足による貧血が生じると、妊婦の体調不良を引き起こすだけでなく、胎児にも悪影響が及び、早産、出生時の低体重、脳の発達遅延などのリスクが高まると考えられています。
そのため積極的に鉄分を摂ることが求められるのですが、近年、個々の栄養成分に関して、1日のどの時間帯に摂るのが効果的なのかを明らかにする「時間栄養学」の研究が進む中、妊娠中の鉄分摂取に関しては有効な時間帯は分かっていませんでした。そこで広島大学大学院医系科学研究科と、広島県呉市にある中国労災病院の研究グループは、妊娠期間中に鉄分が欠乏した状態を再現したマウス(鉄欠乏妊娠マウスモデル)を用いて鉄分を摂るタイミングと、その効果を検討しました。
人間が昼間に活動する昼行性であるのに対し、マウスは夜間に活動する夜行性であるため、特定の栄養成分の有効な摂取時間帯を探るに当たって、人間とマウスでは1日24時間の時刻を同様に扱うことはできません。研究グループは、これから夜になる時間帯でも、マウスが活動を始める時間帯を“朝”、夜が明ける朝でも、マウスが活動を終える時間帯を“夕方”と定義し、鉄分が欠乏した餌で飼育した妊娠マウスに鉄分を摂らせる実験を実施。1日に体重1kgあたり1mgの鉄分(硫酸第一鉄)を、“朝”か“夕方”に摂らせて、いずれの時間帯に鉄分を摂ったほうが有効なのかを調べました。
その結果、鉄分の不足によって低下した母体の体重は、“朝”の鉄摂取でのみ有意に改善しました。また、“夕方”の鉄摂取に比べ、“朝”に鉄を摂ったほうが死産は減少し、胎児の平均体重は増え、体内の鉄分量の指標となるタンパク質フェリチンの胎盤における量も増加しました。さらに胎盤における鉄の輸送に関わる遺伝子(Tfr、Fpn1、Irp2)の発現も、“朝”に鉄分を摂ったほうが高まり、胎児への鉄の供給が増え、胎児の健全な発育に寄与することも判明。腸内細菌への影響も比較したところ、“夕方”に鉄を摂取すると、腸内環境の乱れや、炎症と関わるとされる腸内細菌が増えるといった悪影響が確認されました(図)。

研究グループが妊婦を対象に行った調査では、約半数の妊婦が鉄を含むサプリメントを摂っており、朝に摂取する人、夕方に摂取する人は、それぞれ半々に分かれていたといいます。今回の研究はマウスを対象にしているため、すぐに人間の妊婦に応用することはできませんが、今後、人間の妊婦を対象とした臨床研究を行い、より効果的な鉄摂取のタイミングを明らかになれば、妊婦と胎児の健康はもちろんのこと、妊娠していない女性の貧血予防にも役立てられるでしょう。
【参考】
■広島大学プレスリリース
妊娠期の鉄の摂取は、夕方よりも朝が効果的
■「npj Science of Food」に掲載された抄録(アブストラクト)
Time-of-day difference in iron supplementation in iron-deficient pregnant model mice

斉藤 勝司(さいとう かつじ)
サイエンスライター。大阪府出身。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。最先端科学技術、次世代医療、環境問題などを取材し、科学雑誌を中心に紹介している。

