ツキノワグマが危険を冒して道路を渡る理由が明らかに
(2025年6月15日)
人間にとって道路は欠かすことのできない社会インフラでも、野生動物にとっては生息地を分断するだけでなく、そこを走る自動車との衝突で命を落とすこともある非常に危険な存在です。そのため多くの野生動物は道路を避けて行動していますが、時には危険を冒して道路を横断することもあります。
例えば、ツキノワグマは春から夏にかけての繁殖期や、冬眠を控えて多くの栄養を摂(と)らなければならない秋の過食期には、繁殖パートナーや食べ物を求めて道路を渡ることがあると言われています。しかし、大きなツキノワグマでも車と衝突すれば無事でいられるはずはなく、ツキノワグマの個体群を管理する上で、道路に対してどのように行動するかは重要な情報となるはずです。
東京農工大学、東京農業大学、ミュージアムパーク茨城県自然博物館などの研究グループは2005年から2023年にかけて本州中部に生息するツキノワグマにGPS発信器を装着し、得られた移動データから道路に対する行動が性別、季節によってどのように変わるかを調べました。
ただし、一口に道路といっても交通量によって危険度は大きく異なります。研究グループは調査対象のツキノワグマの行動圏を貫く道路を、①主要道路(2車線以上あり、頻繁に車が通行する道路)、②生活道路(1車線で地域住民が日常生活や林業のために使う道路)、③ゲート付き道路(一般の人の通行を制限するゲートが設置された道路)の3種類に分け、それぞれの道路に対するツキノワグマの行動を解析しました。
その結果、ツキノワグマは昼夜を問わず、すべての種類の道路の横断を避ける傾向があることが明らかになりました。しかし、繁殖期にはオスはメスを求めてより広い地域を移動するようになり、すべての種類の道路を頻繁に横断していました。これに対してメスは繁殖期であってもゲート付き道路以外を渡ろうとしなかったのですが、過食期にはオス、メスともに行動圏を拡大し、メスもゲート付き道路だけでなく、主要道路、生活道路も渡るようになることが分かりました(図1)。

また、季節を問わず、道路を横断する頻度は昼よりも夜間のほうが多く、3種類の道路の中でもゲート付き道路を最も多く横断し、次いで生活道路、主要道路の順で横断頻度が低くなることも明らかになりました。こうした結果から、ツキノワグマは必要に迫られれば道路を横断するにしても、交通量から道路それぞれの危険度を捉えている可能性が示されました。そのため数が少なく、脆弱(ぜいじゃく)な個体群を守るために道路の存在や配置を考慮する必要があると考えられています。
【参考】
■東京農工大学プレスリリース
■論文

斉藤 勝司(さいとう かつじ)
サイエンスライター。大阪府出身。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。最先端科学技術、次世代医療、環境問題などを取材し、科学雑誌を中心に紹介している。