[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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カツオの回遊ルートは眼球が教えてくれる?!

(2026年3月15日)

 大海を移動し続ける海洋生物を観察し続けることは不可能であり、回遊ルートを解き明かすことは簡単ではありません。近年では各種センターを搭載した記録装置を海洋生物に取り付け、その生態を探るバイオロギングが発展していますが、高コストな研究方法であるのに加えて、本来の行動を妨げることのないように小さな海洋生物には利用できず、バッテリーの寿命の問題から回遊を追跡できる期間は限られていました。

 福井県立大学、水産研究・教育機構、東北大学、京都大学舞鶴水産実験所の研究グループはカツオを対象に従来方法の課題解決に取り組むにあたり、目の水晶体に注目しました。レンズの役割を果たす水晶体は、層が積み重なるようにできていて、一度できると生涯、層が入れ替わることはなく、その時々にいた海域の化学的な特徴が記録されます。

 この特徴を活かしてカツオの回遊ルートを推定するのに、研究グループは水晶体を形づくる元素の同位体比を利用しました。同じ元素でも中性子の数が異なる同位体が存在し、その比率は海域ごとに異なるため、水晶体の同位体比と照合できれば、カツオの回遊ルートの推定ができるはずです。ただし、そのために海域ごとの同位体比を把握することが求められるため、研究グループは西部太平洋の広い範囲で漁獲されたカツオを分析しました。

 稚魚から成魚まで幅広い成長段階のカツオの筋肉を分析し、炭素と窒素の同位体比のデータを収集。さらに人工衛星から観測した水温、塩分などの環境データなどを組み合わせた統計モデルを作成し、これをもとに西部太平洋全体の同位体比の分布地図を作成しました(図1)

図1. 西部太平洋における炭素の同位体比(左)と窒素の同位体比(右)の分布図。炭素、窒素ともに西部太平洋では南北で同位体比が異なることが明らかになった。(提供:福井県立大学)

 さらにカツオの回遊ルートを推定するため、日本近海(16個体)、亜熱帯海域(9個体)、熱帯海域(8個体)で漁獲された合計33個体のカツオの眼球から水晶体を取り出し、外側から中心にかけて連続的に薄い切片を得て、それぞれの炭素、窒素の同位体比を測定しました(図2)。こうして得られたカツオの水晶体に残された同位体比の記録を、前述した西部太平洋のおける同位体比の分布図と照らし合わせて、時間とともにどの海域を通ったかを合理的に説明できる回遊ルートを求めるモデルを構築し、ふ化から漁獲されるまでの回遊ルートを推定しました。

図2. (A)顕微鏡で観察しながら、カツオの水晶体の外側から中心に向けて切片を作成していく様子。(B)カツオの水晶体。(C)外側から切片を作っていって、残った水晶体の中心部。ふ化した頃にいた海域の同位体比が記録されている。(提供:水産庁、水産研究・教育機構)

 33個体中、2個体については水晶体から不自然な同位体比が認められたため、その後の解析から除外。残りの31個体は過去の研究で知られていた回遊ルートと矛盾しない推定が得られ、日本近海で漁獲された2個体の推定結果を図3に、熱帯で漁獲された2個体の推定結果を図4に示します。

図3. 日本近海で漁獲されたカツオ2個体の回遊ルートの推定結果。グレーの線は回遊ルートを推定するモデルによる施行を100回繰り返した結果を示しており、その中で最も確率の高い回遊ルートを黒線で示している。熱帯域でふ化した個体が成長とともに日本近海まで移動していることが見て取れる。(提供:福井県立大学)
図4. 熱帯海域で漁獲された2個体の回遊ルートの推定結果。日本近海で漁獲されたカツオと異なり、ふ化後、後、熱帯に留まっていることがよく分かる。(提供:福井県立大学)

 

 水晶体を用いた回遊ルートの推定により、熱帯域のカツオには「成長に伴って日本近海まで北上する個体」と「生涯、熱帯に留まる個体」が存在することが明らかになりました。こうした水晶体を用いた回遊ルートの推定は、カツオに限らず、マグロ、カジキ、サメなどの外洋を回遊する魚種だけでなく、海鳥やウミガメなどにも応用できると期待されています。

 

【参考】

■福井県立大学プレスリリース
カツオの眼球の分析から回遊履歴を推定する手法の開発に成功

■Methods in Ecology and Evolution誌に掲載された論文
「Fine-scale reconstruction of pelagic fish migration by iso-logging of eye lens」

 

斉藤 勝司(さいとう かつじ)
サイエンスライター。大阪府出身。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。最先端科学技術、次世代医療、環境問題などを取材し、科学雑誌を中心に紹介している。