[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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ここに注目!

ショートスリーパーマウスと睡眠研究

(2022年8月15日)

©筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構

 筑波大学・国際統合睡眠医科学研究機構は、2012年に文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の一拠点として設立された、世界でも類を見ない「睡眠研究」に焦点を当てた研究所です。私たちは人生の約3分の1を眠って過ごしますが、睡眠の本質的な意義やメカニズムは明らかではありません。同機構では、神経科学・創薬化学・実験医学の専門家が集い、睡眠の謎の解明や睡眠障害の治療法開発を目指して研究を進めています。

 本コラムでは、同機構で著者らが行っている、ショートスリーパーマウスを使った睡眠研究をご紹介します。ごく短時間の睡眠で元気に日常生活を送れる人のことを「ショートスリーパー」と呼びますが、その人数自体は非常に少ないものです。ショートスリープ状態が維持できるメカニズムを解明すれば、いつか誰でもショートスリーパーになれる日が来るかもしれません。

 

1.どうやって睡眠覚醒(かくせい)はコントロールされるのか?

 

 「やる気が出ると目が覚める側坐核(そくざかく)の働きを発見(2017年9月29日発表)」は、やる気=モチベーション(すなわち、何かの目的のために行動を始めようとする状態)には脳の前方の側坐核という場所にある神経細胞集団が重要とされますが、この場所が睡眠覚醒もコントロールすることをマウスで見つけた、という発表でした[1]。今回は、研究のその後について記載します。

 脳は何百もの機能的な領域で構成されており、ひとつの行動をコントロールするために、いくつもの領域がそれぞれを興奮させたり抑制したりして神経ネットワークを形成しています。そこで著者らはまず、側坐核を制御する脳領域を探索しました。その結果、脳の後方にある腹側被蓋野(ふくそくひがいや)という領域のドーパミン神経(神経伝達物質ドーパミンを産生する神経)がその活性化によって覚醒を強力に促進することを見つけました[2]。普段、マウスは日中の3分の2くらいを眠って過ごしますが、この神経を選択的に活性化すると、4時間くらい起きっぱなしになります。このドーパミン神経は、腹側被蓋野から側坐核まで4mm以上の長距離を連絡していて(マウスの脳は全長約15mm)、側坐核でドーパミンを放出します。側坐核でのドーパミン放出がモチベーション行動に重要であることは良く知られているので、このドーパミンもやる気が出ると目が覚めるメカニズムの一部と考えられます。

図 睡眠実験に用いるマウス ©筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構

 

  1. ショートスリーパーマウスの発見

 

 次に、このドーパミン神経を制御するメカニズムを調べました。その結果、腹側被蓋野とその周辺に存在する、ドーパミン神経を抑制する役割を持つGABA作動性神経(神経伝達物質GABAを産生・放出する神経)が睡眠覚醒調節において非常に重要な意味を持つことが判明しました。この神経を選択的に欠損させたマウスでは、抑制されていたドーパミン系が活性化し、覚醒が亢進(こうしん)します。ドーパミン系の威力は凄まじく、この欠損マウスは1日に普通のマウスの半分ほどしか眠りません[3]。しかもこの短い睡眠時間は生涯続きます。このGABA作動性神経が無いと睡眠時間が減るわけですから、すなわちこの神経は、我々の通常の睡眠時間を維持するために必要な神経であると言えます。

 我々人間の場合、睡眠時間が半分になると日中に眠くて仕方がないですが、驚くべきことに、この欠損マウスは極めて元気です。どれくらい元気かを様々な行動実験で調べてみたところ、活動量の増加、不安様行動の減少、社会性行動の増加、抗うつ行動の増加など、むしろ躁(そう)状態であるかのような評価が出ました[4]。また、普通のマウスは、長時間覚醒させると、その後にそれを補うかのように長時間眠ること(リバウンド睡眠)が知られていますが、この欠損マウスではリバウンド睡眠が見られません。つまり、普段の睡眠時間の少なさからも推察できるように、眠気が通常よりも少ないマウスであると考えられます。ヒトでは短時間の睡眠で日常生活を送れる人をショートスリーパーと呼びますが、この欠損マウスもショートスリーパーマウスと呼んで良いかもしれません。

 現在は、この「やる気に溢れている」ショートスリーパーマウスを使って、ショートスリープ状態が維持されるメカニズムや、GABA作動性神経が制御されるメカニズムを調べています。詳しい仕組みを解明して応用できれば、そのうち我々も、このマウスのようにショートスリープで元気に生活できる日が来るかもしれません。

 

【参考文献】

[1] Oishi Y, Xu Q, Wang L, Zhang BJ, Takahashi K, Takata Y, Luo YJ, Cherasse Y, Schiffmann SN, de Kerchove d’Exaerde A, Urade Y, Qu WM, Huang ZL, Lazarus M, “Slow-wave sleep is controlled by a subset of nucleus accumbens core neurons in mice” Nat Commun 8(1):734 (2017).

[2] Oishi Y, Suzuki Y, Takahashi K, Yonezawa T, Kanda T, Takata Y, Cherasse Y, Lazarus M, “Activation of ventral tegmental area dopamine neurons produces wakefulness through dopamine D2-like receptors in mice” Brain Struct Funct 222(6):2907-2915 (2017).

[3] Takata Y, Oishi Y, Zhou XZ, Hasegawa E, Takahashi K, Cherasse Y, Sakurai T, Lazarus M, “Sleep and wakefulness are controlled by ventral medial midbrain/pons GABAergic neurons in mice” J Neurosci 38(47):10080-10092 (2018).

[4] Honda T, Takata Y, Cherasse Y, Mizuno S, Sugiyama F, Takahashi S, Funato H, Yanagisawa M, Lazarus M, Oishi Y, “Ablation of ventral midbrain/pons GABA neurons induces mania-like behaviors with altered sleep homeostasis and dopamine D2R-mediated sleep reduction” iScience 23(6):101240 (2020).

 

【参考】

・筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構

 

大石 陽(おおいし・よう)
筑波大学 医学医療系・国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)主任研究者/助教
2009年大阪大学大学院で博士号取得後、大阪バイオサイエンス研究所、米国ハーバード大学を経て、2013年より筑波大学所属。専門分野は、睡眠科学、神経薬理学、神経解剖学。