英国全土のレベリング・アップ政策

(2022年9月01日)

　英国、米国、中国、欧州連合やドイツ等加盟国の国内レベルでも、地域格差是正の方策が進められています。英国は、ⅰ）EU離脱に伴う規制緩和を活用した国際的投資の誘致、ⅱ）研究開発の公的投資増大を通じた民間投資の誘発、ⅲ）英国の得意な発見的科学・発明を社会課題解決へ迅速・柔軟に発展させる高等研究発明局の活用、等により、各地の経済成長を促して、全国に高度技術・高収入の職を創出し、基盤構造・機会・投資等の活用に関する地域格差の是正を目指しています。

　EUは加盟国間の格差を是正する「結束政策」を掲げていますが、先進国である英国は加盟当時、「結束基金」の対象外でした。しかし、英国も国内には地域格差の問題を抱え、「EU構造基金」を是正に充てましたが、EU離脱に向けて、これに代わる「英国繁栄共有基金(UK Shared Prosperity Fund)」を準備してきました。2019年12月に成立したEU離脱派政権は、単なる基金配布にとどまらず、英国全土の「レベリング・アップ」政策を掲げ、2020年1月末に離脱を達成した後、2021年9月「住宅・コミュニティー・地方自治省」を「レベリング・アップ・住宅・コミュニティー省」に改組して、2022年2月同省から「英国レベリング・アップ」白書を公表しました。研究開発に基づいた経済活動を通じて、英国内の地域を活性化することを計画しています。

　英国の高い研究水準を支える主たる研究高等教育機関や公的投資・産学連携は、従来、ロンドン・オックスフォード・ケンブリッジの“黄金三角地帯”を中心としたイングランド“南東広域”に集中してきました。「英国レベリング・アップ」白書では、2030年までに政府が達成すべき12ミッションの2番目に、「“南東広域”以外の地域への研究開発公的投資を40%以上増額、民間の長期投資を倍増し、イノベーションと生産性向上を促進」することを挙げています。このため、ビジネス・エネルギー・産業戦略省、健康・社会福祉省、防衛省等も協力し、所管の研究開発基金や研究拠点を国内各地に分散して措置します。

　レベリング・アップ・住宅・コミュニティー省は、2022年4月「英国繁栄共有基金」を開始し、白書に掲げた目標・課題・ミッションに沿って活用します。同省は、空港・鉄道駅・海港を中心に、45km圏内まで広がる自由貿易港の創設を推進しています。国際貿易・投資の国家ハブ、新規アイデア・技術を開発するイノベーションの温床、高技能職の雇用・民間投資の触発等によって、周辺地域を活性化する計画です。

　現政権は、EU離脱後の英国外交政策として「Global Britain」という構想を掲げ、科学技術を中心に据えて世界の同盟・協同相手を選別する方針を示しています。財務省は、国内の重要かつ革新的な産業への国際的企業の投資を支援するGlobal Britain投資基金を設けました。2022年4月から公募が開始し、国内の中小企業が応募して、研究開発イノベーションを通じ、地域活性化に活用することが可能です。

　2021年7月、首相は「レベリング・アップ演説」の中で、全国を統一して実施する政府ミッションは、失敗すれば国家の人的資本の蓄えを浪費することになるという明解なメッセージを発しています。「高い所から奪い、或いは高い所を抑え、その分を低い所に措置する」平等主義ではなく、活力ある地域の強みを更に伸ばし、不活発な地域に強みを創ることにより、格差を是正することを強調しています。例えば、オックスフォード・ケンブリッジやロンドン衛星都市をつなぐ回廊計画(The OxCam Ark）では、研究クラスターの利便性や都市基盤構造を更に向上する計画を進めています。レベリング・アップ政策では、「イノベーション加速地」創設の手始めとして、“南東広域”以外の、グラスゴー・西ミッドランズ・マンチェスター広域で、産官学連携を推進し、米国のスタンフォード大学・シリコンバレーやMIT・ボストン圏をモデルとした研究スラスターを育成する計画です。

　世界の各地で地域活性化の方策が検討・実施され、互いに参照し合っています。中国については、欧米や資本主義体制と異なる新しいアイデアやモデルを創出する可能性に関心が寄せられています。現在の共同富裕(Common Prosperity)政策については、中間市民層の増加・富裕化や若者の雇用・収入増に利するのか否か、内向き経済への転換や海外投資の撤退を招くのではないか、等の点が注視されています。

• 　The Prime Minister’s Levelling Up Speech (15 July 2021)
• 　Levelling Up the United Kingdom (2 February 2022）
• 　UK Shared Prosperity Fund: Prospectus (13 April 2022)　
• 　Information and Guidance on Freeports Operating within England (27 October 2021)　
• 　Global Britain Investment Fund　in
  　A Stronger Economy for the British People (27 October 2021)

科学技術振興機構（JST）研究開発戦略センター（CRDS）
海外動向ユニット　フェロー
石井　加代子

石井　加代子（いしい　かよこ）

英国をはじめとする科学技術イノベーション情勢の調査担当