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社会変革をリードするか、絶滅の危機に瀕するか ~IPBES報告書が示すビジネスの課題
(毎日新聞社 大場 あい)

(2026年3月15日)

2月に公表されたビジネスと生物多様性報告書政策決定者向け要約の表紙 (IPBES提供)

 国際社会は、2030年までに世界の陸と海の30%以上を健全な生態系として保全しようという目標「30 by 30」を掲げています。目標期限まで残り4年となりましたが、世界の資金の流れは依然として、生物多様性に悪影響を及ぼす方向に向かっていることが、「生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)」の最新報告書で明らかになりました。

 IPBESは、生物多様性などの現状や変化を科学的に評価し、政策提言を行う政府間組織で、国連環境計画(UNEP)の主導により2012年に設立されました。「生物多様性のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)」とも呼ばれています。

 今回の報告書はビジネスに焦点を当てたもので、35カ国・地域の専門家79人が主に執筆を担い、日本を含む150以上の国・地域の政府による承認を経て、2月9日に公表されました。

 報告書によると、自然に直接悪影響を及ぼす資金の流れは、2023年に世界全体で7兆3,000億ドルに上りました。このうち3分の2は民間資金ですが、公的資金も2兆4,000億ドルに達しています。

 多くの政策が、生物多様性に有害な企業活動を助長するか、あるいは有益な取り組みをさせないようにしているとも指摘しています。その一例として、企業や業界団体のロビー活動を受け、生物多様性の損失を促進する事業に多額の補助金が投入されている実態を挙げています。

 一方、生物多様性の保全に充てられている資金は官民合わせて2,200億ドルにとどまり、悪影響を及ぼしている資金のわずか3%程度にすぎません。

 食料やエネルギー、医薬品など、多くの産業が自然の恩恵を受けてビジネスを展開しています。そのため、生物多様性の喪失は企業にとって最も深刻なリスクの一つです。しかし企業は、自らの活動が生物多様性に及ぼす負の影響を十分に内部化できていません。

 また、生態系の再生には長期的な視点が不可欠ですが、四半期ごとの業績を重視するような企業活動のタイムスケールは、生態学的なサイクルと整合しないという課題もあります。

 IPBESは「自然は人類の長期的な繁栄を支えているにもかかわらず、世界経済において最も過小評価されている基盤の一つだ」と指摘します。報告書をとりまとめたマット・ジョーンズ共同議長(英国)も、「より持続可能な世界経済への道を先導するのか、それとも最終的に自らを危機に追い込むのか。自然界の生物だけでなく、企業自身の存続も問われている」と述べ、ビジネスに関わるすべての当事者に警鐘を鳴らしています。

 トランプ米政権は今年1月、IPBESからの脱退を決定し、生態系保全を重視する姿勢はほとんど見られません。しかし、その間にも生物多様性の損失は進行し、企業活動や私たちの暮らしに深刻な影響が及ぶ可能性があります。唯一の解決策があるわけではありませんが、「生物多様性の危機は人類の危機である」という認識を広く共有し、企業活動の影響を可能な限り可視化・開示する仕組みを整えることが、ますます重要になっています。

大場あい(おおば・あい)
2003年毎日新聞社入社。山形支局、つくば支局、くらし科学環境部などを経て、2025年4月から宇都宮支局に在籍。気候変動影響や適応策に関するキャンペーン「+2℃の世界」や企画「気候革命」を担当した。