[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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量子熱電発電でエネルギー効率の限界を破った

(2025年12月01日)

 東京科学⼤学理学院 物理学系の 藤澤 利正 教授の研究グループは、NTT物性科学基礎研究所 村⽊ 康⼆ 上席特別研究員らと共同で、量子コンピュータや電子デバイスの廃熱を高効率で電力に変換する技術を開発しました。

 電子デバイスから発生する廃熱の利用は、これまでも試みられてきましたが、そこには物理学における理論的な限界がありました。カルノー効率、カーゾン・アールボーン効率(どちらも熱機関が達成できる理論的な最大効率)といった熱⼒学的効率の限界が存在したのです。どちらも、熱力学の法則からの制約ですが、この限界を破ることができる方法がありました。それが今回の研究で試みられた「朝永(ともなが)ラッティンジャー液体」を利用する方法です。

 この液体は、電子同士が集団となって波のようにふるまいます。その結果、非熱的な状態を安定して維持できます。研究グループは、⾮熱的状態を安定的に熱源から熱機関まで輸送できることを実証し、従来の物理学の限界を破った⾼効率な熱電変換を実現しました。

 また、熱を電力に変換するために「量子ドット熱電機関」を利用することで、非熱的状態を維持したまま熱電変換ができることを実証しました。量子ドット熱電機関は、狭い領域に電子を閉じ込めた構造で、従来にはない高効率で熱を電力に変換できます。

 研究グループは、この技術概念を実証するために、トランジスタ(半導体を代表するデバイス)から出た廃熱を、朝永ラッティンジャー液体に流し込み、生成された非熱的な状態を量子ドット熱電機関まで送り込み、電力を取り出すことに成功しました。起電力は、従来の熱平衡によるものの50μVに対して130μV、熱効率はカルノー効率では、0.58だったものが0.65に、カーゾン・アールボーン効率は0.35が0.45になったといいます。

 これは従来の物理学の常識をひっくり返したということです。量子コンピュータや集積密度がますます高まりつつある半導体デバイスでは、高性能化とともに排熱量・消費電力量も増えています。今回の成果は、環境への熱負荷を減らし、エネルギーの有効利用を行うための重要なものといえます。

図1. 実験の概念図と素子構造
(提供:東京科学大学 藤澤 利正)
 
図2. 代表的な実験結果
(提供:東京科学大学 藤澤 利正)
 

 

【参考】

■東京科学大学プレスリリース
電子デバイスの廃熱から高効率に熱電変換する技術を開発

サイエンスライター・白鳥 敬(しらとり けい)
1953年生まれ。科学技術分野のライター。月刊「子供の科学」等に毎号執筆。
科学者と文系の普通の人たちをつなぐ仕事をしたいと考えています。