おうちで出来る楽しい理科実験
ジェルをアクリル板の間に挟んでから開いた時に現れる模様
(2026年8月15日)

■ジェルのふしぎ
化粧品を使った実験を紹介しよう。実際、化粧品においてジェルなど粘弾性物質(ねんだんせいぶっしつ)はどんどん身近になっている。肌に置いた時はその形を保っているが、こすったりして外力を加えると容易に変形して広がる点が便利である。
実際、実験としてジェルを使うと、粘性(ねんせい)の小さな「水」あるいは「水溶液」では予測できないような不思議な現象が現れる。ここでは、ジェルを2枚の板で挟んで剥(は)がすという簡単なものを紹介する。
■使う材料と手順
ジェルとしては、食品・化粧品・日用雑貨としていろいろあるが、ここでは、男性用化粧品であるシェービングジェルを取り上げる。板としては、金属トレイと透明なアクリル板で挟む場合(図1を参考にしてほしい)と透明アクリル板同士で挟む場合(図2以降)の両方をしてみよう。大きさとしては、CDケース(一辺12 cm程度)位がちょうどいい。A4サイズ程度の透明アクリル板でもよい。
ここでは、ジェルに赤い食用色素を混ぜて見やすくしている。
■実験の仕方
まず、机の上に1枚のアクリル板をおき、中心にジェルを盛る。それを、図2のように、上から別のアクリル板を乗せて指で押さえつける。板いっぱいになるあたりまで丸く広げる。次に図3のように、上に乗せた板(面)と下に置いた板(面)をゆっくり剥がしてゆく。複雑な突起がうごめいて枝分かれしていく。


■実験で観察できるもの
現れた結果の例を図4に示す。その右端を拡大したものが図5である。上面と下面を比較すると中心付近に微妙な違いがある。これは引き剥がす最後の部分であるためと考えられる。途中の模様形成過程をみるために小さな板でゆっくり剥がした場合の実験を図6に載せる。これは8倍速の高速動画からコマを拾った。ゆっくりはがした場合と、速くはがした場合でも、結果は大きく変わる。二度と同じ形は作れないとも言える。これを「粘性突起(ねんせいとっき)」あるいは「粘性指状(ねんせいしじょう)」という[1]。



■パターンはどうやって作られるか?
このようなジェルでできた枝状の模様(粘性突起)は、2枚の板を剥がす時に、外部から(周辺から)空気が入ったことに関係している。図7に示したように、空気はまず、大きく広がったジェルの境目から入り込む。その一部がジェルの周囲にあるわずかに凹(へこ)んだジェルを押して回り込むため、最終的に枝状の模様が出来上がる。
もう少し詳しく説明する。上部の板を引きはがす際に、薄くのばされていたジェルは消えることはなく、大きく密度を変えることもない。つまり、体積がほぼ一定に保たれる。そこで、ジェルは中心部へ一様に流れようとするはずであるが、粘性のため残される部分ができる。その際、ジェルの周囲は大気圧に比べて圧力の小さな状態になる。これを「負圧(ふあつ)」という。
このため、周辺部から、空気が入ってくる。その際、粘性の大きなジェルと粘性の小さな空気の境目(界面(かいめん))での「せめぎ合い」が起こる。境目は、なめらかなようでも、その縁には必ず小さな凹凸がある。ジェル側からみて、凹んだ部分へ空気が進んでいく。結果として、凸部分は残され、凹部分はますます窪(くぼ)み、ジェルは中心部へ流れつつ細長い半島状になる。すると、その半島ひとつひとつの岸にも必ずさらに小さい凹凸があるので、その凹の箇所に空気が進入する。このような空気による押し込みが段階的に場所を変えて起こるため、図7に模式的に描いたように、ジェルは段階的にうごめくような細かな模様を作っていくと考えられる。

■パターンを決めるものは圧力差と界面張力
このような模様の形成過程をもっと詳しく探求してみよう。ジェルと空気の間の界面には、両者の圧力が働いて押し合っているが、その圧力差は、(有効的な)界面張力が支えている。ここではその面をなす曲線の丸みの度合い(曲率半径)が重要である。これを式で表すと以下になる。
すなわち、ジェル側の圧力 Pgel と空気側の圧力 Pair との間の圧力差は、境界面に働く(有効的な)界面張力 γeff を曲率半径Rで割ったものと釣り合っている[2]。これをラプラスのつり合いの式と言う。実際のシェービングジェルが枝分かれしていく過程においてもこの式は成立しているので、空気のジェルへの急速な流入は、Rの大きななめらかな場所と考えられる。その部分が押し込まれた結果として膨らんでいる部分を回りこむようなパターン形成が続いて起こり、結果的に枝分かれ模様になる。その枝がさらに成長した部分でも同じ原理が働くため、その枝の滑らかな部分から分裂していく。このような局所的な空気の押し込みの繰り返しが、最終的に観察される複雑な樹枝状模様を形成すると考えられる。
【参考】
[1] 松下貢「フラクタルの物理(Ⅰ)基礎編」(裳華房)7章、「フラクタルの物理(Ⅱ)応用編」(裳華房)9章。この文献では粘性突起の実験として2枚の板を重ね合わせ、その中心から注射器で圧力をかけてジェルを注入している。本記事ではこれとは異なる状況であることに注意して新しい説明をした。
[2] このつり合いの式の右辺は、詳細に言うと、板の厚み方向も考えて2つの曲率半径RA,RBを使って記すべきだが、ここでは式の持つエッセンスだけを表した。
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夏目 雄平(なつめ ゆうへい)
千葉大学名誉教授・グランドフェロー(国際教育センター)。固体物性物理学専攻。最近の著書に「やさしく物理」(朝倉書店)、「やさしい化学物理~化学と物理の境界をめぐる」 (朝倉書店)など。 共著で「身近にあふれる『科学』が3時間でわかる本(明日香出版社)」など。文系の著書に「小さい駅の小さな旅案内」 (洋泉社新書)など。各地でサイエンスイベントを行っている。NHK-TV「世界オモシロ学者のスゴ動画祭」に2回出演。
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