科学の原理を伝えるために~北九州市科学館スペースLABOの監修から
(環太平洋大学 川村 康文)
(2025年12月01日)
1.はじめに
北九州市は、「ものづくりのまち」にふさわしい特色のある科学館をめざしリニューアルすることになり、展示や運営等について検討を行うため産学官で構成する検討会を設置し、企業、大学、小中高校部会を設け、幅広く意見を聴取した。その結果、新しい場所に新科学館として移転することになった。
著者は、パナソニックセンター東京(2024年閉館)に設置されていた企業科学館のリスーピアの理科の展示監修を行なったことがあり、また、そのリスーピアにおいて、継続して理科実験教室の講師を担当していた1)。2019年6月15日(土)に、リスーピアで行ったワークショップに、北九州市の新科学館の開設をめざす担当者が参加されワークショップを体験された。ワークショップ後に、新科学館建設構想の話を伺った。後日、学術的な視点・裏付け、見せ方等のアドバイスを行うアドバイザー委員の委嘱があった。
新科学館の企画提案では、以下の3つの課題テーマが要求された。
・課題① 科学の基礎(原理・原則)を学ぶための展示の設計についての考え方
・課題② 我々の生活や暮らしの中に科学や技術がどのように関わっているのかを解説する展示の設計についての考え方
・課題③ 展示全般にかかるストーリー、各科学技術分野を踏まえたゾーニング、展示物の配置等の空間設計及び動線の考え方
であった。
新科学館に向けて、委員会では、「北九州市直営なのか、指定管理による運営なのか」や、「サイエンス・コミュニケーターの資質について」、「バリアフリー化」、「入館者数について」など、白熱した議論が行われた。そのなかで、次に示す、9つの大型展示の新規導入が決まった。
2.完成した9つの新しい科学展示(大型展示)
- 砂鉄のダンス

砂鉄が砂場のようにまかれた台の下で、強力な磁石が自動運転でぐるぐる回転模様を描きながら移動し、磁力によるサイエンス・アート的な造形模様が観察できる実験展示とした(図1右上)。
またハンズオン実験(図1左)では、透明な円盤の上に細かく切った黄色いビニタイ(食品などの袋をとめるカラーワイヤーのこと)が広くまかれた状態にしてあり、来館者自身が円盤の下側から、ネオジム磁石、アルニコ磁石、フェライト磁石を当てて、磁力線をイメージするような3Dの造形模様をつくって観察するものとした。
- 光のキャンパス

鏡とプリズムを活用して、大きな丸いキャンパスにサイエンスアート的な光の幾何学模様を映し出す展示で、コンピューターによってコントールされている(図2左正面)。
ハンズオン実験(図2右手前)は、子どもたちが自分自身で、鏡やプリズムを用いて光線の反射や屈折、分散について学べる。
- ニュートンのゆりかご

図3. ニュートンのゆりかご
力学分野運動量保存則の実験として、大きな鉄球を用いたニュートンのゆりかごを設置した。コンピューター制御によって、1個だけを当てる場合、2個当てる場合などの実験を自動的に演出する。
ハンズオン実験では、4種類のニュートンのゆりかご実験機が設置されていて、来館者自身で自由に工夫しながら実験をすることができる。
- 色のどうくつ

図4. 色のどうくつ
ここでは大型展示物とハンズオン実験を一体化させた。大きな洞窟のような部屋のなかで、光の三原色の実験のプログラムが、一定の時間間隔で自動再生される。例えば、加色混合の演出や赤い光のみの部屋や緑の光のみや青の光のみの部屋になったときに、いろいろな色をした置物が、何色にみえるかを実体験してもらうなどが設定されている。
- 空気の噴水

図5. 空気の噴水
力学分野の流体力学の実験として、大きな軽い球を空気の流れで浮かす実験展示である。コンピューターの自動制御で、強く浮かしたり、ゆるく浮かしたり、斜めに浮かしたりなどを演出するように設定されている。ハンズオン実験機では、これらのことを、自らの手で実験できるようにしている。
- 音の全力疾走

図6. 音の全力疾走
この展示物も、大型展示物とハンズオン実験を一体化したものとした。学校では、 15℃のときの空気中の音速を340m/sと習うが、このことを実感してもらう実験展示物である。340mパイプを通ってきた音は約1秒遅れて聞こえる。
- ぐるぐる発電所

図7. ぐるぐる発電所
学校で学ぶのと同様に、いわゆる手回し発電機の大型のものである。ハンズオン実験は、渦電流を利用したいろいろな実験を数種類、自由にできるようにした。
- サイクロイドレース

図8. サイクロイドレース
サイクロイドは、高校でも理数系の高い学年でしか学ばない内容であるが、日常生活の中で活躍するいろいろな曲線(解説パネルで紹介)を学ぶことは大切であると考え取り入れた。同じサイクロイド曲線コースを5つ準備し、いろいろな高さから運動を開始させることができるように、最下点に同時にゴールすることも示せるようにした。
ハンズオン実験では、サイクロイドを含めた4コースを準備し、すべて同じ高さからスタートさせる。同じ高さまで滑り降りるが、その他として、斜面、楕円、円のコースを用意した。学習者は、サイクロイドが一番速くゴールすることを自分自身で体験することができる。
- ミュージックパイプ

図9. ミュージックパイプ
ミュージックパイプで学ぶ内容は、高校の物理の管の共鳴であるが、年少期から、楽しく音を体感しながら物理学的な側面を学ぶことは大切であると考える。
ハンズオン実験では、クント管を鍵盤楽器を利用して共鳴させるものとした。440Hz(ヘルツ)のラ、880Hzのラ、1,760Hzのラの3音を含む音を鍵盤楽器から、クント管に音を入力し、節や腹の模様を自分自身で体験してもらう実験機とした。
3.おわりに
展示設置した実験機が、来館者に興味・関心をもってもらえるかどうか、設計者・監修者の意図が伝わっているかどうかについては、長期に渡って来館者の様子を観察したり、アンケートなどを実施して検証する必要がある。
科学館の展示製作において監修にあたり、展示物の提案、提案したものが実際の展示として実現可能かどうかのチェック等に多くの時間が割かれた。2019年8月に依頼を受けてから2022年4月の完成まで、2年8か月の時間を要した。
また来館者に、実際に体験してもらう実験機が、壊れにくく製作できているか、また壊れてもすぐに修理ができるのかどうかも重要な監修ポイントである。さらに、来館者が興味をもって学べるように製作できているかなどを検証していく必要があり、科学館における展示実験機が設置されたあとにも、監修者としての関わりが続く。
以上のように科学館の監修では、科学の伝え方やまた科学だけに限るのではなく教育啓発活動としての伝え方を、著者自身が学べただけでなく、製作に関わった多くのみなさんと科学的な知識を共有できた。今後、科学の専門家として、サイエンス・コミュニケーションに関わっていこうとする方への知見となれば幸いである。
北九州市科学館スペースLABOの監修では、次世代層はもちろん市民の科学への興味・関心を高めたいと考えた。デジタル画面による面白いだけを追求した展示になることなく、科学の内容を、実際に実験を行うという体験を通して学べるようにすることに強くこだわった。来館者に向けて、科学の面白さ、楽しさを伝えると同時に、科学の内容を伝える教育施設として情報発信することができるのではなかろうか。
今後とも、科学の正しい知識を届け、科学に対する興味・関心を高めることで、科学ファンが少しでも増えるように貢献していきたいと考えている。
【参考文献】
・「北九州市新科学館の展示及び内装・設備等検討業務委託検討書」より
トータルメディア・丹青社北九州市新科学館展示及び内装・設備検討共同企業体
【関連リンク】

川村 康文(かわむら・やすふみ):博士(京都大学エネルギー科学)
環太平洋大学次世代教育学部教授 兼 国際科学・教育研究所所長、北九州市科学館スペースラボ館長、東京理科大学理学部物理学科嘱託教授(非常勤)、(社)乳幼児STEM保育研究会理事、STEAM保育研究会会長、STEAM教育メソッド研究所所長、1959年京都市生まれ。
歌う大学教授(youtube.com/channel/UCkvlkwzpeJByKw5BA4m5ZRA/featured)みんなが明るく楽しくなる「ぷち発明」を基礎とした「かわむらメソッド」を提唱!専門は、TEAM教育、科学教育、サイエンス・コミュニケーション。
高校物理教師を約20年間務めた後、信州大学助教授、東京理科大学助教授・准教授を経て2008年4月より教授。その後、2025年4月より現職。サイエンス・レンジャー。「温暖化星人から地球をまもる宇宙船にっぽん号のたたかい」の公演は200回を超えている。
慣性力実験器Ⅱで平成11年度全日本教職員発明展内閣総理大臣賞受賞(1999)、平成20年度文部科学大臣表彰科学技術賞(理解増進部門)をはじめ、科学技術の発明が多く賞も多数受賞。論文多数。著書は、「世界一わかりやすい物理学入門」「世界一わかりやすい物理数学入門」「理科教育法」(講談社)、サイエンスコナンシリーズ監修(小学館)など多数。NHK Eテレ「ベーシックサイエンス」の監修および出演。「チコちゃんに叱られる」には10回以上出演。「世界一受けたい授業」や「所さんの目がテン」では一時期レギュラー出演。その他テレビ出演は多数。

