[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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わかる科学

届け「あかつき」の星へ エピローグ

(2017年5月01日)

2015年12月7日
中間赤外カメラLIRによる赤外画像(左)
紫外線カメラUVIによる紫外線画像(右)

赤外画像には南北に弓型の巨大な温度の高い模様が見える(温度が高いので白く色付けされている)、紫外線画像には秒速100mで西向きに移動するV字型の雲が映る、これは雲物質の実際の動きを示している           提供:JAXA

 2010年12月、メインエンジンの異常によって私たちの想いと期待を込めた「あかつき」の金星軌道投入は成らなかった。それから5年、太陽に近い軌道をたどったため想定よりずっと大きくなった太陽熱に耐え、迫りくる耐用年数とも戦いながら運用を続けた「あかつき」運用チームの懸命の努力が続いた。2015年12月7日、小型のエンジン4基を20分以上も噴射することで、ようやく金星を周る軌道に投入することが出来た。

 その直後、スイッチが入り試験観測中だった「中間赤外カメラ:LIR」は驚くべき金星の雲の姿を届けてきた。南北につながる1万kmにも及ぶ弓型の模様。誰しもが予想もしなかった金星の姿だった。
 高度65km辺りでは秒速約100mにも達する風(スーパーローテーションと呼ばれる)が吹いているのに、ほぼ同じ高さにあるこの弓型の模様だけはいつまでも動かないように見えた。

 「これはいったい何だろう?」 たくさんの研究者がこの謎に挑んだ。
 調査の結果、この雲は高さ5kmに達する巨大大陸アフロディーテの上空に生じていることが解った。その成果はこの1月、Nature Geoscience オンライン版に掲載された。

 この発見の意義について、LIRの主任研究員である立教大学の田口真さんに聞いた。

 中間赤外カメラLIRは、波長10ミクロン付近で金星大気の温度を観測できるカメラで、0.3°程度の温度差も検出できるすぐれものです。そのカメラを使って私たちは金星の高さ65kmくらいの上層大気の温度を測っているのです。

 同じような高度で、紫外線で見えるV字型の雲が西向きに秒速100mで回っているのに、LIRで見えた弓型の模様は、ほとんど動かないというのが驚きでした。(画像参照)
 時間をおいた画像を解析すると、ゆっくりと金星表面の自転速度(243日で一周する)で動いていることが解ってきました。しかも弓型模様の中心の下(表面)にはアフロディーテと呼ばれる巨大な大陸があったのです。

 私たちは、この模様の原因は大陸の上空で起きる局所的な気圧変動が原因ではないかと考えました。コンピュータシミュレーションによって、「重力波」(外部の力で押し上げられた大気が重力の力で下降、そこに波を発生させるメカニズム)が画像に見える高度65kmの上空まで伝わって巨大な弓状の模様を作ることを確認しました。他の大陸に関係した同様の模様も見つかりました。

 これからも「あかつき」の長期にわたる連続観測によって、こういった構造の理解が進み、金星大気の大きな動きが解ってくることが期待されます。

 「あかつき」の金星周回軌道入りで私たちの長年の想いは届いた、が、謎に満ちた「金星」への挑戦は始まったばかり。

 

追記原稿
「届けあかつきの星へ」は「あかつき」に関わった多くの技術者のインタビューを集めたNEC「宙への挑戦、あかつき」のサイト名である。このタイトルにはプロジェクトの途中で亡くなった技術者への皆の想いも込めた。( 第3話 見えない背中を追いかけ、金星へ )
  http://jpn.nec.com/ad/cosmos/akatsuki/index.html

小笠原 雅弘(おがさわら まさひろ)
NEC、チーム「はやぶさ」メンバー。軌道系、航法誘導系担当、特にイトカワへの着陸に使われたターゲットマーカやフラッシュランプを手がけた。1985年にはじめてハレー彗星へ旅した「さきがけ」をはじめ、スイングバイ技術を修得した「ひてん」、月のハイビジョン映像を地球に送り届けた「かぐや」など日本の太陽系探査衛星にずっと携わってきたエンジニア。
現在、NEC航空宇宙システム勤務。