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尿10滴で脳腫瘍の早期発見を可能にする検査技術を開発

(2023年2月15日)

 がんは早期に発見できれば根治が期待できる一方、進行してからでは病巣が大きくなるだけでなく、他の臓器に転移してしまい、治療は格段に難しくなります。そのため早期発見、早期治療が求められていますが、早期に見つけることが難しいがんがあります。

 その一例と言えるのが脳腫瘍です。CTやMRIといった画像診断技術で発見できるとはいえ、腫瘍が小さな早期は見つけにくく、発見できる頃には手術で完全に取り除くことは難しくなります。他のがんの生存率が年々上昇しているのに対して、脳腫瘍の生存率は過去20年間でほとんど変わっていません。

 そこで名古屋大学、東京大学の研究グループは、がん細胞に特異的な分子を手掛かりに脳腫瘍を早期に見つける技術の研究に取り組みました。がん細胞は直径40~200ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)の小胞体(細胞外小胞)を分泌しており、この細胞外小胞にはがんに関連したRNAやタンパク質が含まれています。その上、細胞外小胞は尿中でも壊れることなく、安定して存在するため、被験者に負担をかけることなく採取できる尿を用いた早期診断が実現すると期待されます。

 ただし、尿中に含まれる細胞外小胞はわずかで、遠心分離機などの従来方法では尿から診断に必要なだけの細胞外小胞を集めることは困難でした。研究グループは、数十~100ナノメートルの棒状の構造体であるナノワイヤが尿中の細胞外小胞を効率よく集められることに注目して、複数のくぼみのある検査器具(ウェルプレート)の底面にナノワイヤを作製(図1)。ここに被験者の尿を垂らして、細胞外小胞を集めるとともに、そこに含まれるタンパク質の検出を行うオールインワンプラットフォームを開発しました(図2)

図1 ウェルプレートの底面に数多くのナノワイヤを形成することで、そこに滴下した尿中の細胞外小胞を効率より集めることができました。右の電子顕微鏡写真中の青色の突起がナノワイヤで、そこに付着したオレンジ色が細胞外小胞です。©名古屋大学
図2 開発されたオールインワンプラットフォームは、ナノワイヤで細胞外小胞を集めつつ、細胞外小胞に含まれる分子を解析することで、脳腫瘍の早期診断が可能になると期待されています。©名古屋大学

 

 脳腫瘍の診断に利用できるかどうかを確かめるため、まず脳腫瘍の患者さんから採取した腫瘍組織を培養して、培養液をプラットフォームで解析しました。その結果、細胞外小胞の膜にあるCD31とCD63という2種類のタンパク質の比率が腫瘍組織の細胞と腫瘍組織ではない細胞では違いがあることが分かりました。そして脳腫瘍の患者さんと腫瘍ではない人から採取した尿をプラットフォームに滴下して、CD31とCD63の比率の比べたところ、尿10滴分で両者の違いを捉えることができました。

 今後、このプラットフォームを利用すれば脳腫瘍の早期診断が可能になるでしょう。さらに他のがんでも腫瘍組織の有無で比率が変わる分子が見つかれば、様々ながんの早期発見、早期治療に役立てられると期待されています。

 

【参考】

尿10滴の滴下による脳腫瘍検知 ~オールインワンプラットフォームによるがんマーカー検出~

All-in-One Nanowire Assay System for Capture and Analysis of Extracellular Vesicles from an ex Vivo Brain Tumor Model

 

斉藤 勝司(さいとう かつじ)

サイエンスライター。大阪府出身。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。最先端科学技術、次世代医療、環境問題などを取材し、科学雑誌を中心に紹介している。