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トンガ海底火山噴火が電離圏に高さ2,000キロの穴をあけた

(2023年6月15日)

 2022年1月のトンガ海底火山大噴火は地球の歴史上稀に見る大規模なものでしたが、このとき、電離圏に高さ2,000kmにも及ぶ穴(通常より1~2桁電子密度が小さい部分)があいていたことが、名古屋大学宇宙地球環境研究所 新堀 淳樹 特任助教並びに情報通信研究機構・電気通信大学・東北大学・金沢大学・京都大学の共同研究グループによって解明されました。

 

 地球の大気圏上層の高度60kmから1,000kmほどのところには、希薄な大気の分子が太陽からやってきた紫外線やエックス線によって電離してできた電離圏があります。電離とは分子や原子から電子が飛び出し正または負に荷電した状態にあることをいいます。電離圏は短波帯の電波を反射させるのでこの帯域の電波を使用して遠方への放送や通信を行っていました。最近は短波帯の電波を使った放送や通信は少なくなりましたが、電離圏の電子密度が不均一な状態になると、GPSなどの全球測位システム(GNSS)の電波の伝播状態に異常が生じ、正確な位置測定ができなくなります。また、通信衛星・放送衛星との間の電波の伝搬に障害が生じる場合があります。

 

 現在、太陽フレアの発生などの太陽活動を監視することで、電離圏の状態に異常がないかどうかは常に観測され、宇宙天気を研究・予報しています。ただ、比較的低い高度で起こるプラズマバブルと呼ばれる変動が電離圏に及ぼす影響についてはまだよくわかっていませんでした。

 そこに起こったのが、1,000年に一度とも言われる地質の大イベント、トンガ海底火山大噴火でした。この大噴火によって世界中に猛烈な気圧波(気圧の変化が同心円状に拡がっていく現象)が発生し、気圧波と海面の波が共鳴することで、実際の海水の振動でおこる津波よりも速く伝播するという特異な津波が観測されました。このとき、地上の電離圏観測機器によってアジア上空でプラズマバブルが発生していることが捉えられていました。研究グループはここに着目し、プラズマバブルの詳しい構造と規模について調べました。

 

 研究グループは地球近傍の宇宙空間で高エネルギー電子などを観測しているジオスペース探査衛星「あらせ」(近地点約440km、遠地点約32,000km)が計測した電子密度分布、気象衛星「ひまわり8号」が観測した赤外線輝度温度、グアム島に設置されている電離圏観測機器イオノゾンデ、9,000台を超えるGNSSの信号の受信データから、電子密度の不規則性を調べて解析しました。

 その結果、電離圏の穴が日本上空でも観測され、高度約2,000kmの宇宙空間にまで到達していることを確認しました。また電離圏の穴の形成に関わる電離圏高度の上昇は、大噴火によって起こった気圧波の到達よりも1~2時間ほど早く始まっていることもわかったといいます。

 

 今回得られた新たな知見によって、高層大気物理の解明に迫れるだけでなく、電磁波障害など私たちの生活に大きな影響を与える宇宙天気の予報がより一層正確にできるようになります。

トンガ火山噴火後に観測されたプラズマバブルの発生メカニズム。プラズマバブルの穴は高度2,000mの宇宙空間にまで達している。©名古屋大学ERGサイエンスセンター

 

【参考】

■名古屋大学プレスリリース 「トンガ沖海底火山噴火がもたらした電離圏の穴 -最先端の観測から見えた地圏と宇宙圏のつながり-」

 

サイエンスライター・白鳥 敬(しらとり けい)
1953年生まれ。科学技術分野のライター。月刊「子供の科学」等に毎号執筆。
科学者と文系の普通の人たちをつなぐ仕事をしたいと考えています。