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つくばサイエンスニュース

ここに注目!

世界初の樹を直接糖化発酵して造る「木の酒」
−国産材需要拡大、林業成長産業化、山村振興に貢献する新産業創出を目指して-
(森林総合研究所 大塚 祐一郎)

(2024年3月15日)

 現在、酒屋へ行けば、ビール、日本酒、焼酎、ワイン、ブランデー、ウイスキーと国内外で生産される様々なお酒を購入することができます。これらのお酒のアルコール分の原料は、穀物のデンプンか果汁の糖分、サトウキビの砂糖などです。また人類史におけるお酒の歴史は長く、13,000年前の遺跡から人類最古の醸造跡が発見されています(Li Liu et al., Journal of Archaeological Science: Reports, 21: 783-793, 2018)。この長いお酒の歴史の中で様々なお酒が造り出されてきましたが、木材からお酒が造られることはありませんでした。

 

 今回我々は、木材を細胞壁の厚さ以下の1/1,000mm以下に微粉砕(びふんさい)する湿式(しっしき)ミリング処理を開発しました。これは水の中で原料を微粉砕するビーズミルをいう装置を応用して、水に溶いた木粉を硬くて重いセラミックビーズで1/1,000mm以下にまですり潰(つぶ)す技術です。これによって木材の細胞壁の中に埋め込まれたセルロース繊維を薬剤処理や熱処理なしに高効率にむき出しにすることが可能になりました。セルロース繊維はセルラーゼという酵素でブドウ糖に分解することができますが、細胞壁に埋め込まれた状態ではほとんど分解することができません。しかし、湿式ミリング処理によってむき出しとなったセルロース繊維は食品用のセルラーゼ酵素で高効率にブドウ糖に分解できることがわかりました。ブドウ糖ができれば醸造用の酵母でアルコール発酵することができます。すなわち、湿式ミリング処理によって、木材に水を加えてすり潰し、むき出しとなったセルロースに食品用の酵素と醸造用の酵母を加えるだけで、木を原料にお酒が造られるのです。

 

 私どもは2017年に酒造免許を取得し、世界初の「木の酒」の試験製造を行ってきました。スギ、シラカンバ、ミズナラ、クロモジといった様々な樹種を原料に「木の酒」を試験製造し、樹種ごとに異なる風味が出ること、基本的な安全性試験では問題となるデータがないことなどを明らかにしてきました。また現在ではヤマザクラやコナラなど樹種を拡大して試験製造を行っています。

 

「木の酒」の原料として伐採したコナラの年輪(樹齢30年)

 「木の酒」はお酒の歴史の中で初めて造られる新しいお酒というだけでなく、これまでのお酒とは違う新しい体験も可能にします。伐採した樹木の切り株の年輪を数えたときに、100本の年輪があった場合、その年輪の中心にはその木が100年前に作ったセルロースを含む木材があることになります。そしてそこから外側に向かって100年間毎年作り続けてきた全ての年の木材があるのです。これを全てすり潰してセルロースをむき出しにしてブドウ糖に分解し、アルコールに発酵するということは、必ず100年前のセルロースがアルコールになったものを含むお酒になるのです。それだけでなく100年前から今年までのすべての年の成分からできたアルコールを含むお酒ができます。これを飲むということは、100年間すべての年の成分からできたアルコールが飲んだ人の全身に行き渡り、木と同化するという新しい体験を可能にしてくれるのです。

 

 「木の酒」が実際に楽しまれるようになるためには、酒造メーカーが製造・販売する必要があります。私どもは「木の酒」の製造技術を社会実装するために、「木の酒」の公式サイトを開設し、木の酒の造り方や特徴、製造に挑戦したいという企業・団体の問い合わせ先などを掲載しています。近い将来、「木の酒」が一般に販売されるようになり、国産材の高付加価値化、林業の成長産業化、山村振興に貢献できることを願っています。本研究開発は生物特定産業研究支援センター「イノベーション創出強化研究推進事業(課題番号:01007AB2)」により実施しています。

 

試験製造した「木の酒」の写真。
手前の小さいボトルが「木の蒸留酒」、奥の大きいボトルが「木の醸造酒」。

 

【参考】

■Otsuka et al., Production of flavorful alcohols from woods and possible applications for wood brews and liquors (2020) RSC Advances, 10: 39753-39762

https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2020/ra/d0ra06807a

 

【関連】

■木の酒 森林総合研究所公式サイト

https://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/kinosake/index.html

 

大塚 祐一郎 (おおつか・ゆういちろう)
2004年東京農工大学生物システム応用科学研究科博士課程修了。2006年12月より森林総合研究所に勤務。2013-2014年米国バージニア工科大学客員研究員(併任)。木材成分の微生物による分解過程の研究、代謝工学技術を応用した木材からの有用物質生産システムの開発に従事。木材の微生物分解を研究する過程で、木材を丸ごと発酵可能にする技術を開発する。木材の高付加価値化を目指して、世界初の木を直接発酵して造る「木の酒」の製造技術開発を開始。