[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

研究者コーナー

001. シミュレーションで恐竜絶滅のなぞに迫る (国立環境研究所 生物多様性領域 吉田 勝彦さん)

(2023年7月15日)

吉田 勝彦(よしだ・かつひこ)さん
国立環境研究所生物多様性領域(生物多様性保全計画研究室)主幹研究員。理学博士。専門分野は生物学、地学、コンピューター科学。所属学会は日本生態学会、日本古生物学会、個体群生態学会、日本数理生物学会、日本進化学会など。

小笠原諸島父島にて野外調査中の吉田さん
(コペペ海岸、撮影:成田 正司)

 約6,500万年前の恐竜絶滅は、地球史上最大のなぞの一つとされている。原因として最も有力視されているのが、隕石衝突説だ。巨大な隕石が落下したことで、大量のちりなどが大気中に舞い上がり、太陽光を長期的にさえぎった。このため地上は急激に寒冷化、えさとなる植物も育たなくなり、たくさんの生物が死滅したのだという。
 「隕石の衝突で植物の生長が止まったことは間違いないようだ。それを示すパターンが地層中に見られ、時期も一致している。知りたいのは、その影響が当時の生態系の中をどう伝わり、大量絶滅へと至ったのか。その間の動きを解明したい」と、吉田さんは研究の動機を話す。

 

コンピューター内で成長する、幻の恐竜王国
 吉田さんは学生時代に地質学を学び、化石の研究を主にしていた。だが化石から得られる情報はあまりにも少なく、古代の生態系はとても再現できない。そこでシミュレーション技術を用い、コンピューター内で仮想的な生態系を作ることにした。
 「現実の生態系では、それぞれの生物が長い年月をかけて進化し、分化や絶滅を繰り返しながら、何が何を食べるかという相互作用のネットワークを形成してきた。数理モデルにおいても、そのような進化のプロセスを導入することで、たくさんの生物が複雑に相互作用し合う、現実に近い生態系ネットワークが構築できる」
 こうしてコンピューター内に仮想の生態系を成長させたら、いよいよそこに仮想の隕石を落としてやる。具体的には、衝突により太陽光が遮断された状態を想定し、植物の生長を止める操作をする。そのとき生態系が、どこからどのように壊れてくるかを調べようというわけだ。
 「例えば、隕石の衝突で滅びた種と生き延びた種があったわけだが、両者にはどのような性質の違いがあったのか。仮説はいろいろあるが、生態系ネットワークの中でどう説明付けられるのか知りたい。恐竜が絶滅せず生き残る未来もあり得ただろうし、そのために必要な条件なども分かったら面白い。果たしてどんな世界になっていたのか垣間見る楽しさもある」

恐竜絶滅のプロセスを、化石資料だけから探るのは難しい。(写真はイメージ)
(photoAC)

小笠原の未来を、シミュレーションで探る
 いま吉田さんが取り組んでいるのは、世界自然遺産の小笠原諸島に関する研究だ。人間が持ち込んだヤギやネズミなどが島の生態系を乱しており、豊かな生態系を取り戻すための道をシミュレーションで探っている。

持ち込まれたヤギやネズミなどの影響で森林が消え、裸地が広がった小笠原諸島媒島。
(撮影:吉田 勝彦)

もちろんこれ自体も重要な研究だが、得られたデータは大量絶滅モデルの精度を高めるためにも役立つと見込んでいる。

 

 つくばエキスポセンターの展示「生態系シミュレーション」も吉田さんの研究成果の一つ。2つのモードで生態系を維持する難しさなどが体感できる。「ミッションモード」は植物、草食動物、肉食動物の3種によるシンプルなピラミッド構造だが、バランスを保つのは意外と難しい。「フリーモード」では10種類の生物が相互作用で複雑に関係し合っており、一つの生物に手を加えたときの影響が思いもよらないところに出たりすることも分かる。

つくばエキスポセンター1階「サイエンスワークス」のコーナーにある「生態系シミュレーション」の展示。

 「現実の生態系でも、いま何かの生物を無秩序に滅ぼしたりしたら、未来の姿が全く違うものになる可能性がある。どんな姿になるのかはまるで予想もつかない。この展示を通じて、生態系を守ることの重要性と難しさを意識してもらえたら嬉しい」

 シミュレーションの利点は生命倫理などの制約を受けず、時空を超え、過去や未来を探れること。一方で、結果が本当に現実と一致するのかという疑問が常につきまとう。小笠原の研究は、それを実証するまたとない機会にもなるだろう。

 

池田 充雄(いけだ・みちお)
ライター、1962年生。つくば市内の研究機関を長年取材、一般人の視点に立った、読みやすく分かりやすいサイエンス記事を心掛けている。