[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

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免疫を活性化する遺伝子を送り込み
がん細胞に自分の攻撃する免疫状態を作らせることに成功

(2023年12月15日)

 がんは、正常な細胞の遺伝子に異常が生じることによって発症する病気です。元々は患者自身の細胞ですが、がん細胞を異物だと認識して免疫が排除してくれれば、根治が期待できるだけでなく、治療後に再びがん細胞が生じても速やかに免疫が攻撃してくれるでしょう。

 そのため近年、免疫でがん細胞を叩く免疫療法の研究が活発に進められているものの、正常な細胞を攻撃することなく、治療効果を得ることは決して簡単なことではありませんでした。そこで大阪公立大学大学院獣医学研究科、工学研究科と住友化学株式会社の研究グループは、がん細胞に対する免疫反応を高める研究に取り組みました。

 この研究に取り組むにあたって、研究グループは「サイトカイン」と呼ばれる免疫を活性化するタンパク質に注目しました。これまでにも免疫細胞の活性化を目的にサイトカインの活用が試みられてきましたが、がん細胞に限って免疫細胞を活性化することは困難でした。直接、がんにサイトカインを注入しても、すぐに全身に拡散してしまい、がん細胞に限定して免疫活性を持続させられないという問題もありました。

 こうした問題を解決するため、研究グループは「リポソーム」と呼ばれる脂質の膜でできた微小なカプセルに、GM-CSF、CD40L、IFNγの3種類のサイトカインの遺伝子を封入して、がん細胞に送り込むことにしました。というのも、一口に免疫を活性化するといっても、免疫は様々な細胞が連携して働く非常に複雑なシステムであり、免疫にがん細胞を攻撃させようとすると、これら3種類のサイトカインで免疫を制御してやる必要があったのです。

 まず、がん細胞だけを攻撃するには、免疫にがん細胞を排除すべきだと認識させなければなりません。単球という免疫細胞が異物特有の分子(抗原)を取り込んで樹状細胞に変化。この樹状細胞がキラーT細胞やNK細胞に抗原を提示してすることによって異物だけ攻撃するようになります。3種類のサイトカインのうちGM-CSFは抗原を取り込んだ単球が樹状細胞に変化するのを促し、IFNγはキラーT細胞、NK細胞を活性化してくれます。また、CD40Lには樹状細胞を活性化するとともに、マクロファージという免疫細胞のうち、炎症を抑えるM2型マクロファージを、炎症を引き起こすM1型マクロファージに変化させる働きがあります。

 こうした3種類のサイトカイン遺伝子をがん細胞に送り込むことによって、がん細胞は自分を免疫に攻撃させるようになります(図)。実際に肺がんになったマウスにサイトカイン遺伝子と、比較対照のコントロール遺伝子を投与して比較したところ、サイトカイン遺伝子を投与したマウスの肺ではがんの成長が抑えられることが確かめられました。

図:3種類のサイトカイン(GM-CSF、CD4L、IFNγ)の遺伝子をリポソームに封入して、がん細胞を送り込みました。その結果、がん細胞特有の抗原を取り込んだ単球がGM-CSFに促されて樹状細胞(図中のDC)に変化。CD40Lにより活性化した樹状細胞がキラーT細胞、NK細胞に抗原を提示します。さらにIFNγがキラーT細胞、NK細胞を活性化して、がん細胞への攻撃を促します。また、CD40LにはM2型マクロファージをM1型マクロファージに変える働きがあり、これらのサイトカインの働きによって、マウスの肺がんの成長が抑えられることが確認されています。 ©大阪公立大学

 

 今後、研究グループは、この治療法の安全性を確かめ、人間同様にがんを発症するイヌへの応用を目指しています。イヌのがんの治療で効果が得られれば、将来的に人間のがん治療にも役立てられると期待されています。

 

【参考文献】

・大阪公立大学プレスリリース:遺伝子導入でがんが自滅!がん細胞が自らを攻撃する免疫状態を作ることに成功

・論文:In vivo transfection of cytokine genes into tumor cells using a synthetic vehicle promotes antitumor immune responses in a visceral tumor model

 

斉藤 勝司(さいとう かつじ)
サイエンスライター。大阪府出身。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。最先端科学技術、次世代医療、環境問題などを取材し、科学雑誌を中心に紹介している。