[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

わかる科学

バーチャル空間で視線を可視化し人とのつながりを誘発する

(2024年2月01日)

 話し相手がどこを見ているのか、その視線を直接確認できないバーチャル空間において、相手の視線を可視化することでリアル世界と同じように自然な感じで偶然の出会いを実現する技術が開発されました。

 東京都市大学・TIS(株)・岡山理科大学・工学院大学と東京都市大学未来都市研究機構VRユニットの共同研究グループは、バーチャル空間で偶然出会った人との会話を誘発するインフォーマルコミュニケーションの技術を開発しました。インフォーマルコミュニケーションとは、偶発的に発生する他者とのコミュニケーションのことです。リアル社会では、偶然の出会いから、新しい価値の発見や問題解決のヒントがみつかる場合があります。このとき、会話を誘発するきっかけとなるのが視線です。視線は言葉を用いなくても、離れたところから、意思や感情を伝えることができます。また目と目が合えば軽く会釈するなどして、コミュニケーションを始めるトリガーとなります。

 しかしバーチャル空間には、これまで視線という概念がありませんでした。研究グループは、この視線に注目し、視線を可視化することによってどのようにコミュニケーションが拡がっていくかを調べました。

 

 実験ではバーチャル空間の中で、一方がもう一方の人を見つめる「一方向への注視」、2人の人が同時に同じ対象を見る「共同注視」の2種類の注視行動について、3つの方法で視線を可視化しました。1つは視線を投げかけている人の方向を指し示す「矢印」による表示。2つ目は、視線の送り手から受け手に向かって流れてくる「シャボン玉」のような表示。3つ目が、受け手の前に表示される「手を振る送り手の小さなアバター」です。

 この視線可視化システムを使った実験に、一般の人96人(20-49歳)に参加してもらい、「可視化あり」と「可視化無し」の2つの条件でバーチャル空間を共有してしてもらいました。また、視線を送る側はサクラ(偽物)で、偶然を装って参加者に視線を向け、参加者が、言語による反応・言語以外による反応・行動による反応を示した割合を求めました。

 その結果、可視化されていた場合は、そうでない場合に比べて3倍以上の高い確率で視線を向けられたことに反応を示したといいます。

 

 デジタルコミュニケーションでは、同じ考え方を共有する人どうしは強く結びつくことができますが、違う考え方を持つ人からは遠ざかってしまう傾向があります。今回開発された技術によって、バーチャル空間でもリアル社会と同じように、様々な考えを持つ人との偶然の出会いが生まれ、新しい価値感やこれまで気づかなかった考え方に触れることができると考えられます。

 研究者はこの技術を日常性の中のセレンディピティ―(偶然の出会いによって予想外の価値を発見すること)を促すものと考えています。また、バーチャル空間で行われるイベントや展示会などでは、視線の可視化が出会いとコミュニケーションを誘発することで、新たなビジネスの展開につながっていくと考えられます。


3種類の視線の可視化方法
一方向を注視しているときと2人で同じ対象を注視しているときの視線を、矢印(Arrow)・バブル(Bubble)・こちらに向かって手をふるアバター(Mini Avatar)の3種類で表示した。©東京都市大学

コミュニケーションの誘発率は、視線を表示したとき(A・B・M)が表示してないとき(C)の3倍ほどの高さを示した。©東京都市大学

 

【参考】

■東京都市大学プレスリリース

バーチャル空間での視線の可視化により、偶然の何気ない会話を誘発する技術を開発し検証

 

サイエンスライター・白鳥 敬(しらとり けい)
1953年生まれ。科学技術分野のライター。月刊「子供の科学」等に毎号執筆。
科学者と文系の普通の人たちをつなぐ仕事をしたいと考えています。