[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

ここに注目!

引用によって研究成果は社会につながる

(2019年9月15日)

     図1 研究成果の引用関係

研究開発の重要性と難しさ
 ”科学技術の研究は世の中の役に立つ“という言葉を全面的に否定される人は少ないでしょう。身の回りにある、さまざまな家電製品、医薬品や医療機器、自動車や飛行機などの交通手段を見れば、この数十年の間に科学技術によってどれだけ社会が便利で豊かになってきたかを実感できるでしょう。「科学技術白書」(令和元年版)[1]には、iPS細胞、青色発光ダイオード、ゲノム編集ツールなど、基礎研究が大きな社会貢献につながった例がいくつも挙げられています。このような成果の多くは大学や研究機関での基礎研究から生まれています。
 ではどの分野の基礎研究にどれだけの研究投資をすれば、最終的な富を増やすことができるでしょうか。この問いは、国の科学技術政策や企業の研究戦略にとっては重要かつ難問です。川の源流に立っているとき、その川が行き着く河口の広さを想像するのが難しいのと同様です。そこで川全体を眺めるのではなく、ごく小さな流れの一筋一筋を丹念に追っていく方法はどうでしょう。

 

引用による知識の連鎖
 ある研究者の研究成果は論文という形の知識として公表されます。その後、この知識は他の研究者の論文によって評価され、新しい知識の土台となります。これが「引用」です(図1)。この図は、線で結ばれた上側の引用元が下側の引用先から引用されているという関係を示します。また論文が特許から引用される場合や、特許が別の特許から引用される場合もあります。最終的には企業(の特許)によって、ある製品・サービスが生み出され、ビジネスが動き出し、日本や世界の社会・経済を変え、富を生み出します。このように、引用を繰り返すことによって、新しい知識が積み重なると同時に応用分野も拡がり、富につながっていくのが科学技術の基本的な姿と言えます。
 引用関係を詳細にたどり、論文(研究の世界)と特許(商品の世界)とを結ぶ関係を知ることをサイエンスリンケージ分析とよびます。たとえば、1特許当たりにどれだけの論文を引用しているかという指標は研究の実用化状況を見ることに役立ちます[2]。幸い、最近では論文データベースや特許データベースが容易に利用できる環境が整いつつあり、サイエンスリンケージの分析も効率的に進めることができるようになりました。

 

ある大学での研究事例
 図2で具体的な事例を説明します。これは国立大学(A大学)のある研究グループが2002~2006年度にわたって科研費(注1)による研究を実施し、その成果がどのように伝搬したかをネットワークとして示したものです。この研究テーマはロボットの視覚に関するもので、5年間の研究費は計1億円でした。研究期間中にA大学から計5件の論文が出ていますが、とりわけ2003年度、2004年度に書かれた論文の引用された回数が多いようです。科研費研究が終了した2006年度以降は他の大学や研究機関からの引用が増え、2010年代に入ると、企業がA大学の論文を引用した発明を出願し始めています。また海外の大学や企業も引用しています。これらの企業がどのような製品を作り、どのような経済的効果を生み出したかを測ることができれば、A大学に対する科研費の投資が社会にもたらした影響度を推定することも理論的には可能です。

2 ある科研費研究の成果の伝搬状況


総合的な分析にもとづく政策立案へ
 以上は科研費の一テーマを例として取り上げたものですが、同じ研究分野でこのような知識の伝搬ネットワークをいくつも分析することによって、研究から製品化までの期間、必要とした資金額、引用先の異分野の拡がりなどの平均的な姿をおおよそ知ることができます。ここから、より効率的な研究投資によって、より広い分野に対して、より多くの影響を与えられる政策や戦略を導くことが期待されます。
 このような狙いのもとで、文部科学省が実施している「科学技術イノベーション政策における『政策のための科学』推進事業」[3]の中では、論文や特許の分析を踏まえて、研究開発投資に応じて日本の産業全体に生じる変化をシミュレーションできるような政策立案支援システムの開発にも取り組んでいます[4][5][6]。上で述べた引用関係の分析もこの中の一機能に相当します。
 今後、研究活動の実態に関するさまざまなデータが集約され、分析手法が開発されていくことによって、日本の科学技術に対して、これまで以上に合理的で柔軟な政策が打ち出されるようになっていくでしょう。

 

注1:日本学術振興会が実施している「科学研究費助成事業」。これは研究者の自由な発想に基づく研究を支援するための競争的研究資金です。

 

【参考文献】

  1. 文部科学省:「科学技術白書」(令和元年版) 第1部第2章「基礎研究が社会にもたらす価値」、2019年6月 http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa201901/detail/1418112.htm
    (2019年9月11日時点)
  2. 文部科学省 科学技術・学術政策研究所:「科学技術指標2017」 4.3章 科学と技術のつながり:サイエンスリンケージ、2017年8月
  3. https://scirex.grips.ac.jp/ (2019年9月11日時点)
  4. 原田、他:「科学技術イノベーション政策立案のためのデータプラットフォーム-テキストマイニングによる科学技術分野の同定-」、研究・イノベーション学会第32回年次学術大会2A05、2017年10月、京都
  5. 原、他:「特許・論文・ファンドデータを活用した研究活動可視化システムの開発および運用-SciREX 政策形成インテリジェント支援システム」、産学連携学会第15回大会0616E1515-4、2017年6月、宇都宮
  6. 科学技術振興機構 研究開発戦略センター:調査報告書「科学技術イノベーション政策の科学における政策オプションの作成~ICT分野の政策オプション作成プロセス~」、CRDS-FY2015-RR-07、2016年3月
    https://www.jst.go.jp/crds/report/report04/CRDS-FY2015-RR-07.html (2019年9月11日時点)

 

科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)
科学技術イノベーション政策ユニット フェロー
原田 裕明

 

原田 裕明(はらだ ひろあき)
 名古屋大学工学研究科修士課程了。富士通研究所にて画像処理、CG等の研究開発に従事。その後、富士通にて経営企画、情報通信研究機構にて産学連携の業務を経て現職。技術士(電気電子、情報工学)。