[編集発行] (公財)つくば科学万博記念財団 [協力] 科学技術振興機構(JST)・文科省研究交流センター

つくばサイエンスニュース

わかる科学

重要な情報を選択的に覚える記憶素子

(2021年8月15日)

 人間の脳には短期記憶と長期記憶の機能があり、重要な情報は長期間記憶され、そうでない情報はすぐに忘れてしまいます。このような脳と同様の機能を持つ光記憶素子が発見されました。

12パルスを与えたI字型光刺激は記憶保持時間が長く、3パルスのL字型の光刺激ではすぐに記憶が消えていることが分かる。 ©東海国立大学機構名古屋大学

 名古屋大学大学院工学研究科の植田研二准教授らの研究グループは、グラフェン/ダイヤモンドの積層界面が、重要な光情報のみを選択的に記憶し不要な情報は忘れてしまう人間の脳のように働くことを見い出しました。

 脳の神経細胞は先端にあるシナプスによって互いに結合しており、外部から情報が入ると刺激を受け、結合強度が強められることによって情報の記録・消去(忘却)を行っています。今回開発されたグラフェン/ダイヤモンド素子は、シナプス結合同様、光による刺激の強弱に応じて記憶保持時間が切り替わる特性を持っています。

 この機能を応用すると、一つの素子に人間の眼の機能と脳の機能を併せ持たせることが可能になります。脳のシナプス結合は脳内の化学物質を介した電気的な刺激によって結合強度が変化しますが、このたび開発された素子は光刺激の強さによって結合強度が変わります。そのため、対象物からやってくる光の情報がまるで脳で判断しているように、直接検出されることとなります。つまり、光刺激が加えられる頻度(強度)に応じて結合の強さが変化し、情報を直接記憶または忘却(消去)することができます。

 研究チームは、光刺激素子としてグラフェンとダイヤモンドを積層・複合化した素子を開発。グラフェンとダイヤモンドの境界面において、重要な(強度の強い)光情報のみを選択的に記憶できることを見い出しました。素子に光刺激が入力すると電気抵抗値の変化に置き換えられ、光刺激の強弱によって抵抗値の記憶保持時間が変わります。つまり実際の脳神経細胞のシナプス同様、強い刺激による情報の方が長く記憶されるのです。

 チームは横2×縦3列の合計6個のグラフェン/ダイヤモンドの素子を作成し、L字型とI型の2種類の文字パターンの光刺激(パルス光による刺激)の検出を試みました。このときI字型のパルス光は高い頻度で与え、L字型の方は少ない頻度で照射することで、光刺激の強弱に違いを設けたところ、L字型の光刺激ではすぐに記憶が消えたのに対して、I字型の光刺激は長期間記憶されることが確認されました。

 このことからグラフェン/ダイヤモンド素子が光刺激の頻度(強さ)に応じて記憶力を変える新たなイメージセンサーとして機能していることが分かりました。

 研究グループは、この機能は視覚と脳を一体化した新しい情報処理デバイスとして応用できるのではないかと考えています。将来、カメラがとらえた画像の中から見たいモノだけを選択的に取りだして情報処理するといったことが可能性になるかもしれません。

グラフェン/ダイヤモンドの積層界面が、人間の脳のシナプスのように働くことが分かった。©東海国立大学機構名古屋大学

 

【参考】

https://www.nagoya-u.ac.jp/about-nu/public-relations/researchinfo/upload_images/20210702_engg.pdf

サイエンスライター・白鳥 敬
1953年生まれ。科学技術分野のライター。月刊「子供の科学」等に毎号執筆。
科学者と文系の普通の人たちをつなぐ仕事をしたいと考えています。