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本格的な宇宙移住時代を目指して 人工の重力で筋肉の衰えを抑えられることを確認

(2021年6月15日)

(写真) 微小重力がマウスの筋肉に及ぼす影響が調べられた国際宇宙ステーション(ISS)。©JAXA/NASA

 地上に暮らす私たちは常に地球の重力を受けているため、1Gの重力に適応した体になっています。しかし重力の影響をほとんど受けない宇宙空間で生活していると、重力に逆らって体を支える骨や筋肉が衰えてしまいます。実際、高度約400kmの軌道上を周回している国際宇宙ステーション(ISS)(写真) の微小重力環境で、長期滞在する宇宙飛行士の体では、骨の密度が低下し、筋肉がやせ細ることが知られています。こうした現象は高齢者に見られる骨粗鬆症や筋萎縮によく似ていることから、ISSに滞在する宇宙飛行士は骨粗鬆症や筋萎縮の研究対象になっています。
 ただし宇宙飛行士の体をどんなに調べても、地上の1GとISSの微小重力の違いを比較するような研究はできません。そこで筑波大学の高橋智教授、工藤崇准教授らの研究グループはISSでマウスを飼育して、地上で飼育しているマウスと比べて、ヒラメ筋という後ろ足にある筋肉がどのように変化するかを調べました。
 ISSでマウスの飼育は、過去にも行われてきましたが、比較対照が地上で飼育されているマウスだけだったため、微小重力の影響を正確に調べられているのかという疑問がありました。ISSと地上の比較だけでは、マウスをISSに運ぶ際のロケット打ち上げの衝撃が影響している可能性があるからです。その点、ISSにある日本実験棟「きぼう」には、飼育ケージの回転で生じる遠心力で地上と同じ1Gを作り出せる小動物飼育装置(MHU)が設置されているため、ロケット打ち上げ時の衝撃を影響を揃えて、微小重力と1Gで比較ができるようになっています(図1) 。

(図1) ISSの日本実験棟「きぼう」に設置された小動物飼育装置(MHU)。
     飼育ケージが回転することで、地上と同じ1Gの人工重力環境を作り出すことができます。©JAXA

 

 こうしたMHUを利用して高橋教授らはISSでマウスを35日間飼育して、ISSの微小重力、1Gの人工重力、そして、地上の1Gの重力のもとで飼育したマウスのヒラメ筋を比較しました。その結果、微小重力環境で飼育したマウスのヒラメ筋は地上のマウスに比べて筋肉の重量が15%減少したのに対して、人工重力を加えたマウスのヒラメ筋は地上のマウスと違いは確認されませんでした(図2)。また人工重力で飼育したマウスでの遺伝子の働きは地上のマウスと似ていて、筋肉を形作る筋繊維のタイプも変化することもなかったことから、人工重力でも筋肉の衰えを抑えられることが分かりました。

(図2) マウスのヒラメ筋の断面。赤紫色の部分が筋肉を形作る筋繊維を示しています。微小重力下で飼育されたマウスだけ、筋繊維が減少していることが見て取れます。 ©筑波大学

 近い将来、本格的な宇宙開発時代になると、月や火星に人間が長期間滞在することになると考えられています。地球と比べて月の重力は6分の1、火星の重力は8分の3ですから、微小重力のISSで長期滞在する時ほどではないにしても、骨や筋肉が衰える可能性があります。この研究により人工重力で筋肉の衰えが抑えられることが確かめられたのは、今後、人類が生活圏を宇宙に拡げていく上で重要な知見になるでしょう。

 

【参考】

宇宙空間での骨格筋の衰えは人口重力により抑制される~微小重力下で筋萎縮を誘発する遺伝子の発見~

・小動物飼育装置(MHU)について: https://iss.jaxa.jp/kiboexp/equipment/pm/mhu/

 

斉藤勝司

サイエンスライター。大阪府出身。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。最先端科学技術、次世代医療、環境問題などを取材し、科学雑誌を中心に紹介している。