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感染症対策に欠かせぬマスクが海洋生物の新たな脅威になる?!

(2022年3月01日)

(写真)
岩手県沿岸の定置網に入り込んだアオウミガメの排泄物から発見されたマスク。 (東京農工大学webページより引用)

 2019年に出現した新型コロナウイルスは、瞬く間に世界中に広がり、感染者数は2022年2月時点で世界で4億人を突破。死亡者数は580万人にも達しています。ワクチンや治療薬の開発が急ピッチで進められた一方で、一般市民にはソーシャル・ディスタンスを確保するなど、感染拡大を防ぐための行動が求められ、特に重要視されてきたのがマスクの装着です。

 感染が拡大した当初こそ、高まる需要に生産が追い付かず、薬局の前にはマスクを求める人の長い列ができる混乱が生じたものの、多くの企業が増産に取り組んだ結果、今では何時でもマスクを入手できるようになり、感染対策の必需品になっています。ところが、多くの人がマスクを利用することで新たな問題が生じていることが東京農工大学と東京大学の共同研究によって明らかになりました。

 研究グループは、2021年8月に岩手県沿岸の定置網に誤って入り込んだアオウミガメの排泄物からマスクを発見(写真)。その素材を分析したところ、ポリプロピレン製の不織布マスクであることを確認しました。ウミガメがプラスチックを誤って食べてしまうことは1970年代から報告されてきましたが、ウミガメの排泄物からマスクが発見されたのは今回が初めてのことだといいます。

 排泄物から見つかったということは、ウミガメの消化管内で詰まることなくマスクが通り抜けたことになり、その間にポリプロピレンに含まれる成分が溶け出していることが心配されます。そこで研究グループが市販されている5社のマスクにプラスチック添加剤(ベンゾトリアゾール系紫外線吸収剤)が含まれているかどうかを分析したところ、5社中4社のマスクから内分泌攪乱物質(環境ホルモン)だと指摘されているUV329と呼ばれる物質を含む6種類の添加剤が検出されました。その中の1社のマスクにはUV329が1グラムあたり848ナノグラム(ナノグラムは10億分の1グラム)という比較的高濃度で含まれていることが明らかになりました(図)

(図) 今回の研究成果を表現したイラスト。膨大な数のマスクが使用されているだけに、一部が適切に処理されずに海に流れ出すだけでも、ウミガメなどの海洋生物にとって脅威になる可能性があります。 (東京農工大学webページより引用)

 排泄物から見つかったマスクに添加剤が含まれていたかどうかは明らかになっていませんが、多くのマスクに添加剤を含むプラスチックが使われており、膨大な数のマスクが使われていることを考えると、今回の研究報告は、今後、海に流出したマスクがウミガメをはじめとする海洋生物にとって脅威となる可能性が示されたと言えるでしょう。感染拡大を防ぐためにマスクは欠かせませんが、使用済みのマスクは適切に処理して自然界に漏れ出さないようにしていかなければなりません。

 

【参考】

新型コロナウイルス感染拡大に由来するとみられるプラスチックゴミをウミガメが摂食していることを確認しました

Covid-19-derived plastic debris contaminating marine ecosystem: Alert from a sea turtle

COVID Live – Coronavirus Statistics

斉藤勝司

サイエンスライター。大阪府出身。東京水産大学(現東京海洋大学)卒業。最先端科学技術、次世代医療、環境問題などを取材し、科学雑誌を中心に紹介している。